分野紹介
幹細胞誘導分野
これまでの研究成果の概要

(1) 多能性幹細胞から 間葉系幹細胞への分化誘導法の開発と分化経路の研究

 ES/iPS 細胞分化誘導においては、細胞表面マーカーを用いて細胞の識別・可視化が必須である。血清を用い LIF 非存在下にて ES 細胞の分化を試験管内で誘導すると誘導 4 日目に中胚葉細胞の表面マーカーである PDGFRα (platelet derived growth factor receptor-alpha) 、 VEGFR2 (Vascular endothelial growth factor receptor 2) の2つの分子が発現する。これらのマーカーの発現パターンは、 PDGFR a 陽性、 VEGFR2 陽性分画 (double positive cells :DP) 、 PDGFRα 陽性、 VEGFR2 陰性の分画( PDGFR a single positive cells: PSP )、 PDGFR a 陰性、 VEGFR2 陽性分画( VEGFR2 single positive cells: VSP )、 PDGFRα 陰性、 VEGFR2 陰性の分画( Double negative cells: DN )の4つに分けられる。遺伝子発現のパターンや分化能力の検討から PSP 分画が筋肉細胞・骨細胞や軟骨細胞へと分化する沿軸中胚葉、 VSP 分画が血液細胞と血管内皮細胞へと分化する側板中胚葉細胞に相当することが判明した。またこの2つの分画は共通の前駆細胞分画、 DP 分画から分化することも明らかとなった ( 図1 ) 。さらに Goosecoid (Gsc), CXCR4, E-cadherin (ECD) を用いて内胚葉系列の分化経路もこれまでに明らかにした ( 図1 ) 。

 

era2013_2

 

 

 マウス ES 細胞を用いて Sox1 陽性の神経上皮系細胞から PDGFRα 間葉系幹細胞を誘導することに成功し、さらにマウス発生過程においても間葉系幹細胞が神経上皮から発生するという発生学的に新しいコンセプトを見出した。しかし、もう1つのルートと考えられた中胚葉系細胞から間葉系幹細胞を誘導することはできなかった。理由は、単純な培養法だけでは、 ES 細胞由来の中胚葉系細胞は試験管内で維持することができなかったからである。培養方法の確立に着手し、難しかった中胚葉系細胞からの間葉系幹細胞の誘導に成功した (図2) 。以上から多能性幹細胞から間葉系幹細胞への分化は2つの経路があることが明らかとなった(図3)。

 

era2013_3

 

 

era2013_4

 

(2) 間葉系幹細胞の分化と増殖の分子生物 学的メカニズムの解明

 マウス ES 細胞の分化誘導系を用いて、新規機能不明分子、 ARID3B と Phf4 を単離・同定し、間葉系細胞の分化・増殖での機能と役割を明らかにした。この研究から得られた知見をもとに、神経芽腫や肺線維症の新しい治療戦略を提案した。
 ARID3B は、 knock-out (KO) マウスの解析から、間葉系細胞の分化・増殖・維持に必須の分子であることを明らかとした。その後、この分子が神経芽腫特異的に発現していることに加えて、 強制発現 は、初代線維芽細胞を不死化させること、および、 MYCN と共発現することで初代線維芽細胞の腫瘍を免疫不全マウスに作成できることも判明した。一方、神経芽腫細胞株でこの分子の発現を抑制すると、細胞増殖が有意に阻害された。以上の結果から、この分子が神経芽腫細胞の癌遺伝子であり、その増殖に重要な役割を果たしていることが明らかとなった(図4)。

 

era2013_5

 

 ES 細胞の分化系から新たに、 PHD と LZ モチーフを持つ機能不明分子、 Phf4 を単離した。作製したノックアウトマウス (KO マウス ) は、出生後すぐに呼吸不全にて死亡した。その原因は、 PDGFRα+ の肺間質細胞増加による肺胞壁の肥厚によると考えられる。さらなる解析の結果、 KO 初代胎仔線維芽細胞 (MEF) は正常に比べて増殖スピードが速く、 PDGF シグナル反応性の増加をもたらし、 KO の線維芽細胞の増殖優位性につながったことを論証した。 KO マウスの表現形は肺線維症に極めて類似する。そこで PDGF のシグナルを阻害する抗体を薬剤誘発性の肺線維症に投与し、線維症の進行を阻害する効果があることを明らかとした (図5) 。この知見は、治療困難である肺線維症に対しての新しい治療戦略のコンセプトとなり得る。

 

era2013_6

 

(3) 疾患由来 iPS 細胞の樹立とそれを使った難治性疾患の研究

 医学研究では、疾患由来の生体試料(細胞や血液等)はその疾患の診断法や治療法を開発する上で必須のものである。しかしながら、疾患によっては、病気の標的細胞の採取が困難であったり、症例数が限られる難治性疾患のように生体試料そのものが非常に少ないといった問題が存在する。このことが治療法をはじめとした開発研究の大きな障害となっている。

 最近開発された iPS 細胞は、体細胞に初期化因子を発現させ作製することができる。皮膚生検サンプルから作製できるので、多くの疾患から作製可能である。 iPS 細胞は、疾病の標的細胞を誘導し、発症機序の解明や治療法の開発へ利用できると期待されている。また、試験管内で増幅でき、長期保存も可能である。したがって採取困難な標的細胞を有する疾患や希少性が高い難治性疾患からの研究にすぐれた効果を発揮すると考えられる。私たちは、難治性疾患由来 iPS 細胞の樹立と解析、さらに iPS 細胞バンク整備の研究を行っている。 iPS 細胞樹立には、国内で開発されたセンダイウイルスベクターを用いる。この方法では、 iPS 細胞作製に用いる初期化因子が染色体に組み込まれないために、疾患研究により有用な iPS 細胞を作製できる。疾患由来の iPS 細胞を多くの研究者に提供するために細胞バンク化についても他の研究施設と共同で進めており、整備されれば治療開発研究の推進につながる。

 難治性疾患患者由来の線維芽細胞から iPS 細胞作製を進めてくる中で進行性線維骨化異形成症で iPS 細胞誘導が極めて低効率であることが判明した (図6) 。

 

era2013_7

 

 この病気は BMP レセプターの変異による BMP シグナルの恒常的活性化が原因で引き起こされる疾患である。 iPS 細胞の誘導効率は疾患原因に対する阻害剤で著名に改善された。研究を進めた結果、リプログラミングが不完全であることが判明した。この疾患では iPS 細胞の誘導ばかりが、阻害剤添加にて作製した iPS 細胞の維持も阻害剤無しではできない。そこで疾患由来 iPS 細胞のこれらの特徴を利用してこの疾患の薬剤を開発中である。