分野紹介
ゲノム神経学分野

「ゲノムDNA・RNA高次構造からなる脳の個性・病態を研究する」

 

 ゲノムDNA・RNAは、時間スケールの異なる「未来に向けての情報」として4つの機能を持ちます。 塩基配列としての情報機能(セントラルドグマ)、 構造としての情報機能(核酸構造、クロマチン構造)、 複製による情報の伝達機能(遺伝)、 相同組み換えによる情報の交換機能(多様性・進化)

 

 私達の研究室では、上記の 「ゲノムDNA・RNA高次構造」と脳の個性・病態との関与を包括的に解析し、「世界への新しい知見の発信」と「創薬研究による社会への貢献」を行っています。一緒に楽しく研究してくれるチャレンジ精神溢れる学生さん・共同研究者を募集中ですので、お気軽にお問い合わせください。

研究プロジェクト

1.ゲノムと脳の記憶・個性

 個体のゲノムDNAは自然に変異を蓄積し、これにより個体の多様化が起こります。環境に適応した個体が選択されると多様性は低下し、新しい性質が共通の性質になります。つまり、多様化の増減を繰り返す過程が「進化」です。全てのゲノムDNAは38億年前の生命誕生まで遡ることができ、ゲノムDNAに蓄積された過去の記憶はゲノムの個性と言えます。

 しかしながら、個体の全ゲノムDNAを解読したとしても全ての個性を同定できません。なぜならば、個体は様々な経験を通して、ゲノムでは決まらない個性を作り上げていくからです。言い換えると、「経験」が「記憶」され、その「記憶」が「個性」となります。記憶は記録された情報ではなく、経験、記録、呼び起こしという順序で進む一連の過程です。この時の脳における記憶媒体は、「ゲノムDNA・RNA高次構造」と「神経ネットワーク」の両方からできていると私達は考えています。

 

2.神経細胞は記憶を統合した個性を表現する

 神経細胞は、通常の体細胞とは異なるレベルの情報システムを形成しています。この情報システムは、神経細胞同士の階層的なネットワークや回路を基盤にしていますが、ゲノムDNA・RNA高次構造と密接な相互依存関係にあります。 

 神経細胞以外の体細胞では、個々の細胞にランダムに蓄積した様々なゲノムDNA・RNA高次構造の変化が集合し、その記憶が個性(臓器や個体の機能)として表現されます。しかしながら、この体細胞の個性は単なる「集合体」であり、「統合」されることはありません。 

 一方、神経細胞では、細胞レベルのゲノムDNA・RNA高次構造の変化に起因する個性が神経回路の「高い自立性」と「興奮伝達の共通原理」によりネットワークとして共有され、「統合」されます。さらに、神経ネットワークを起点として他の多くの体細胞も統合されます。また、神経ネットワークは、外部刺激によるシナプス結合の特異性や強さを変化させるためにゲノムDNA・RNA高次構造に依存したメカニズムを用います。つまり、「経験」による神経細胞の「個性」がネットワーク全体の「個性」として「記憶」・「統合」されると考えています。

 

 

【ゲノムDNA・RNA高次構造のひとつであるグアニン四重鎖】

 ゲノムDNA・RNA高次構造には多様性があります。DNAは、右巻き二重らせんであることがWatson博士とCrick博士によって1953年に発見されました。このDNAの基本的な構造は「B型DNA」と呼ばれています。実は、一般的に知られているこの右巻き二重らせん以外にも、左巻き(Z-型)DNA、三重鎖(H-型)DNAなど「非B型DNA」と呼ばれる構造が発見されており、DNAはその配列の特徴や溶媒の環境により右巻き二重らせん以外の構造を形成します。

 私達の研究室では、非B型DNA・RNA構造のひとつである「グアニン四重鎖 (G4; G-quadruplex)」と呼ばれる核酸高次構造に着目し、研究を行っています。G4構造は、グアニンが豊富な配列領域で一本鎖DNA(G4DNA)もしくはRNA(G4RNA)で形成されます (図1) 。G4構造には興味深い化学的性質(容易にゲル化する、陽イオン依存性に重合する等)があります。

 

 

 

【研究プロジェクト1】

脳におけるG4構造の生理学的役割の解明

 これまで、正常体細胞やがん細胞においてG4構造はDNA複製や転写に深く関与することが明らかにされています。しかしながら、神経細胞における役割は未だ明らかにされていません。

 神経細胞は他の細胞と異なり、成熟後に分裂せず高い代謝活性を維持します。また、細胞に刺激が入力すると、神経細胞は細胞間で極めて複雑なネットワークを形成し、外界からの膨大な情報を処理し、記憶として統合・想起することができます。この現象には、神経回路におけるセル・アセンブリが必要ですが、その基盤となる分子は明らかにされていません。私達は「G4構造は脳の記憶機能において重要な役割を担う」という仮説の基、以下の研究を進めています。

 

  1. ゲノム上のG4構造の数・場所・構造は神経細胞の刺激・成長・種類で変化するか?
  2. G4構造は神経細胞の遺伝子発現、シナプス伝達、エピゲノムに関与するか?
  3. G4構造の動的変化は脳の記憶機能に影響するか?

 

 私達はマウス脳を用いた解析により、G4構造の特徴として「グリア細胞と比較し神経細胞に多く形成されること」、「樹状突起やシナプスにも存在すること」、「神経細胞の発達に伴いヘテロクロマチンに形成されること」を明らかにしました。つまり、G4構造は細胞内で動的核酸構造体として存在します。現在、神経細胞G4構造ゲノムマッピング、G4構造可視化および機能欠損マウスの作製、G4構造と記憶痕跡(エングラム)の関連解析などのプロジェクトを進めています(図2)

 

 

 

【研究プロジェクト2】

G4構造異常が関与する神経疾患の病態解明と創薬研究

G4構造の異常は神経疾患の原因となります。私達は、X連鎖αサラセミア知的障害症候群(ATR-X症候群)や脆弱X関連振戦/失調症候群(FXTAS)における認知機能の低下に、G4構造の異常が関与することを報告しました。ATR-X症候群では「G4DNA」の異常がインプリント遺伝子のエピジェネティクス破綻を引き起こします。一方、FXTASでは「G4RNA」がプリオン様タンパク質の液相-固相転移を促進し、神経機能障害を引き起こします。

さらに私達は、これら疾患の認知機能低下に対して、安全性の高いG4構造作用薬を見出しました。この薬剤の投与により、ATR-X症候群およびFXTASモデルマウスで見られる認知機能低下が改善しました。さらに、G4構造作用薬の服用によりATR-X症候群患者の言語機能障害が改善される症例を報告しました。引き続き、私達は「G4構造異常による神経疾患の発症」に関する細胞内メカニズム解析と創薬研究を行います (図3)

 

  1. G4DNAを中心としたヘテロクロマチン・オーガナイザーと神経疾患
  2. G4RNAによるシナプス可塑性・エングラムと神経疾患
  3. G4RNAによるプリオノイド機構と神経疾患

 

 

 

研究手法

 当分野では疾患モデルマウスや疾患モデル細胞を用いて多角的アプローチで研究を行います。また、異分野との融合研究により、包括的な基礎研究と創薬研究を行います。