分野紹介
脳発生分野

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研究プロジェクト

 

 

 脳は、その動物らしさを規定する非常に重要な中枢器官です。その脳が機能を発揮するために、どのようにして適正に形成されるのか、まだ謎が多く残されています。脳の領域によって異なる組織構造を作るしくみは?種間の脳の違いは、どうやってできる?ヒトの脳は、なぜ大きいのか、シワができるのか?

 私たちは、ヒトを含む脊椎動物において、胎児期にどのようにして脳が形成されるのか、その形成メカニズムを明らかにすることを目指しています。

 

 

一枚の神経上皮細胞のシートから脳を作り上げる「脳の構築術」の神秘に迫る!

 胚の発生のごく早い段階で将来脳になる細胞の集団が現れます。それは、中枢神経系の幹細胞である神経上皮細胞で構成される神経板であり、複雑な形態の脳も元をたどれば、この1枚の神経上皮細胞のシートから発生してきます。そこには将来の脳の地図が描かれており、大脳、間脳、中脳、小脳といった脳の各領域をどの場所につくるのか、その地図に従って細胞の振る舞いは決まり、脳がつくられていきます。それぞれの領域は、構成するニューロンの種類や数、そしてそれら細胞のパッケージのしかた(組織構築)が異なり、様々な高次機能を発揮する脳へと発生します。

 

私たちは、今までに、以下のような「脳の構築術」を解明してきました。

 

1)脳のパターン形成の仕組み

神経上皮のシートに領域性を規定し、将来の脳の区画が決まるメカニズムを明らかにしました。  

Shimamura K. et al. (1995)  Development; Shimamura K. et al. (1997)  Development; Rubenstein JLR., Shimamura K. et al. (1998)  Ann. Rev. Neurosci.; Ye W., Shimamura K. et al. (1998) Cell; Kobayashi D. et al. (2002) Development; Hashimoto-Torii K. et al. (2003) Mech.Dev.

 

2)神経幹細胞の増殖と分化のバランス制御の機構

神経幹細胞の増殖と分化のバランスは、神経幹細胞を適切に確保しつつ、必要量のニューロンを産生するのに重要です。神経幹細胞の維持機構と、ニューロンをどれくらいの頻度で産出していくか、そのメカニズムを明らかにしました。

Hatakeyama J. et al. 2014; Hatakeyama J.and Shimamura K. 2019

 

さらに、近年は以下の課題に取り組んでいます。正常発生を理解することは、先天性異常の理解や、再生医療への応用に結びつきます。とりわけ、私たちはヒト生物学としてのヒト脳の発生のしくみの解明に注力しています。脳は、そのサイズ、形など、異なる動物種間で実にバリエーションに富んでいます。大きく異なる脳がどのようにつくられるのかといった動物の進化的観点にたった研究も進めており、ヒトが高度な知能を獲得したしくみの解明にもつながることを期待します。

 

1. 層構造と神経核構造

-組織構造の違いはどうやって作り出す?-

2. 大脳皮質に細胞構築の異なる領野が作られるしくみ

-脳領野間の構造の違いはなぜできる?-

3. ヒト生物学としてのヒト脳の発生のしくみ

-ヒトの脳はなぜ大きいのか?シワがあるのか?-

 

ポリシー
自分達しかできない(やらない)研究を!生命現象を理解する上で新しい概念を創出していけるような、個性ある研究を大事にしていきたいと思っています。霊長類の脳発生をみると、マウスの脳とは違うことが次々と見つかります。霊長類の脳発生研究ができるところは国内でも限られており、新たな発見の宝庫に心踊ります。既存の概念をも変える可能性がある新たな発見に遭遇することは研究の醍醐味です。

 

実験動物
ニワトリ胚、マウス胚、モルモット胚、コモンマーモセット胚、カニクイザル胚

 

特殊実験技術
移植実験、ニワトリ胚エレクトロポレーション法による遺伝子導入、マウス胚子宮内エレクトロポレーション法による遺伝子導入、神経器官培養、電子顕微鏡(SEM,TEM)、神経組織のイメージングなど

 

 

1.層構造と神経核構造

 

-組織構造の違いはどうやって作り出す?-

 胎児期の神経幹細胞は盛んに細胞分裂を繰り返し、自分自身の数を増やすとともに、ニューロンを産生します。神経幹細胞の分裂によって脳室面で誕生したニューロンは、移動して神経幹細胞の層の上に積み重なり、どんどん厚みを増していきます。この基本的なしくみは中枢神経系のどの領域でも共通です。しかし、場所によってはニューロンが層状に分布し(皮質)、また別の場所では集合塊をつくって寄せ木細工のように配置されます(神経核)(図1)。共通のニューロン産生のしくみから、どうやってこうした組織の違いがもたらされるのでしょうか?おそらく、各領域で質的に大きく異なるしくみがあるわけではなく、共通の基本メカニズムの量的、時間的な違いが、結果として大きな違いに至っていると推測し、その実像を明らかにしたいと考えています。

 また、このような組織形態の違いは、神経幹細胞の場所によって厳密に決まっているように見えます。例えば、神経幹細胞の領域性を人工的に変化させると、それに見合った組織形態の変化が生じるからです。そこで、パターン形成によって規定された神経幹細胞の領域性と、層や神経核をつくる組織構築のしくみがどう結びついているかを明らかにし、脳の領域特異的な組織構築のしくみを理解したいと考えています。

 

-種間で異なる脳組織構造-

 さらに、脳の形態は、動物の種によってきわめて多様化しています。動物の様々な生態を反映して、脳の外観は著しく異なっており、内部の構造も違います。たとえば、私たち人間を含む哺乳類の大脳には「6層構造の大脳新皮質」がありますが、鳥類、爬虫類をはじめ、他の脊椎動物の大脳では6層構造は見られません。ところが、前述のニューロンを産生するしくみは鳥類と哺乳類で共通ですし、神経幹細胞の領域性を決めるしくみや、そこで働く遺伝子も基本的には同じです。それでは、なぜ種間で異なる脳の組織構造ができるのでしょうか?哺乳類はどうやって6層の大脳新皮質を獲得したのでしょうか?種間で異なる組織形態をつくるしくみと、同じ個体の領域間で異なる組織形態を生じるしくみの関係はどうなっているのでしょうか?私たちは、ニワトリ胚とマウス胚を用いて研究を行うことで、これらの問いに答えたいと考えています。

 

 

 

2.大脳皮質の領野によって細胞構築が異なるしくみ

 

-視床軸索の役割-

脳原基の領域化によって発生した大脳の背側部は、さらに領域化されて領野が形成されます。それぞれの領野は、視覚や聴覚といった異なる生理機能を担っており、どの領野も基本的には6層構造ですが、各々で異なる細胞構築(各層の厚みや構成するニューロンの種類、数、密度、分布が異なる6層構造;ブロードマンの脳地図)を持っています。私たちは、このような細胞構築が領野によって異なるしくみを明らかにするため、大脳外にある視床の特定の神経核から特定の領野へと伸長してくる軸索の役割に着目して研究を行っています。視床からの神経入力を受ける感覚野(体性感覚野、視覚野、聴覚野など)は、それを受けない運動野に比べると第4層が著しく発達しています(細胞数、層の厚み)。私たちは、大脳皮質の第4層に投射する視床軸索の末端から分泌因子が放出され、これがないと第4層のニューロンの数が減少してしまうことを明らかにしました(Sato H. et al., 論文投稿中;図2-1)

 

 

 様々な哺乳類で大脳皮質の領野を調べると、各領野の基本的な位置関係はおおむね共通しているように見えますが、それぞれの領野のサイズや形は非常に多様性に富んでいます。これはその種の行動・生活様式を反映していると考えられていますが(例えば、視覚に依存して餌をとる動物は視覚野が発達し、聴覚に依存する種は聴覚野が発達している)、そのしくみはまだよくわかっていません。私たちは視床軸索からの類似した作用が関与しているのではないかと考え、研究を進めています。

 また、この結果は、高度に部位特異的な軸索投射を利用した遠隔性の領域特異化として、脳・神経系の領域化のしくみに新しい概念をもたらすものです。多くの場合、軸索はその標的領域に備わる位置情報に基づくガイダンス情報を読み取って、特定の部位に投射します。この投射した軸索末端から特定の分泌因子を局所的に放出することにより、それを受け取った標的領域の中でさらなる差別化を進めます(図2-2)。このようにして、脳の場所による違いがますます複雑になっていくのではないかと考えています。

 

 

 

3.ヒト生物学としてのヒトの脳発生の理解をめざして

*本プロジェクトは、創発的研究支援事業に採択されています

 

-ヒトはどのようにして大脳皮質を巨大化させたのか? なぜ、多数のシワがあるのか?-

 ヒトは、進化の過程で大きな脳を獲得し、きわめて高度な知能を得ることができました。ヒトはいかにして大きな脳を獲得したのでしょうか?大きな脳をつくるためには、主に2つの異なった戦略が考えられます。ひとつは、神経幹細胞から大量のニューロンを産生して脳組織を分厚くすること、もうひとつは、ニューロンを産生する前に神経幹細胞を自己増殖によって大量に準備することです。前者については、ヒトを含む高等哺乳類に大量に存在している新規の神経幹細胞(oRG:アウターラジアルグリアと呼ばれています)が発見され、以来ヒト脳の発達を解く鍵として大きな注目を集めています。一方、私たちは後者に着目し、ヒトなどの霊長類の神経幹細胞の高い増殖能力を支える要因について、神経幹細胞を取り巻く外的要因に注目して研究を行っています(図3−1)。

 

 

ほとんどの哺乳類の大脳皮質には、様々なパターンの脳回・脳溝とよばれるシワが形成されます(皺脳)。しかし、マウスやラットといったモデル動物では例外的にシワがありません(滑脳)。近年の研究から、上に述べた高等哺乳類に大量に存在するoRG細胞は、爆発的なニューロンの産生に加えて、脳の内側(脳室)に対して脳の表面積を格段に広げることに寄与しており、脳にシワをもたらすしくみのひとつであると考えられています。私たちは、これとは異なる視点でこの問題にアプローチしています。シワが盛んに形成されるのは脳発生の後期ですが、実はこの時期すでにニューロン産生は終了しています。そこで私たちは、ニューロン産生以外のイベントがシワの形成に関わっているのではないかと考え研究を行っています(図3−2)。

 

 

シワ形成のしくみに関する機能的な解析を行う実験系として、マウスと同じげっ歯類でありながら、非常にシンプルなシワをもつモルモットを用いた実験系を立ち上げました(図3−3、Hatakeyama J., Sato H. et al., 2017)。モルモットでは生後、正中線の両側に一対の縦にのびるシワが形成されます。本来シワを持つ動物を用いて解析を行うことにより、シワをもたないマウスを用いた研究よりも、生理的に意味のあるシワの形成機構に迫れると考えています(図3−3)。シワの獲得が、なぜ高度な知能の獲得につながるのか、その大きな謎の解明を目指します。

 

 

 これまで主にマウスを使った研究により脳発生、特に大脳皮質発生の基本原理が明らかにされ、これは哺乳類でほぼ共通だろうと考えられています。しかし、脳の種間の違いを作り出すしくみについては、まだ不明な点が多く、一般的なモデル動物(たとえばマウス)を用いた研究だけでは解明するのは難しいと思われます。さらに、ヒトの妊娠5ヶ月ごろまでの胎児の脳はマウス胚のそれとそれほど大きく異なりませんが、その後マウスにはない数々の現象が生じ、その結果、サイズも形も構造も劇的に異なったヒトの脳が完成します。しかしながら、この妊娠後期に生じる現象については、まだまだ詳しくわかっていません。私たちは、ヒトに近い霊長類の脳発生を明らかにすることで、ヒト生物学としてのヒトの脳発生のしくみを理解すること目指しています。