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分  野腎臓発生分野
掲載日20-Jun-2025
タイトル
多能性幹細胞から尿管組織を人工的に作ることに成功

Yutaro Ibi, Koichiro Miike, Tomoko Ohmori, Chen-Leng Cai, Shunsuke Tanigawa, Ryuichi Nishinakamura. In vitro generation of a ureteral organoid from pluripotent stem cells. Nature Communications, on line (2025)

 

国際先導研究「腎臓を創る」

 [概要説明]

尿管は腎臓で生成された尿の出口を構成し、腎臓が機能を果たすために必須の臓器です。尿管は上皮とそれを取り囲む間質で構成されており、これらの前駆細胞が相互作用を繰り返し発生します。この2つの構成組織のうち尿管上皮の前駆細胞 (尿管芽) を多能性幹細胞 (マウスES細胞やヒトiPS細胞) から人為的に誘導する方法は、熊本大学発生医学研究所の腎臓発生分野 (西中村隆一教授) をはじめ複数報告されていましたが、尿管間質の前駆細胞を誘導する方法は世界的に見ても確立されていませんでした。今回、同グループの伊比裕太郎大学院生らは、この尿管間質の前駆細胞を多能性幹細胞から誘導する方法を開発しました。さらに誘導した尿管間質前駆細胞を、マウス胎仔由来の尿管上皮や多能性幹細胞から誘導した尿管芽と組み合わせることで、人工的に尿管組織 (尿管オルガノイド) を再構成することに成功しました。

本研究は、尿管という腎臓からの尿排泄に必須となる構造を試験管内で多能性幹細胞から構築することに成功した初めての報告です。この技術を腎臓オルガノイドと組み合わせれば、尿が作られて出ていくという臓器本来の機能を持った移植用の腎臓を作るという次世代の再生医療に向け大きな前進となります。また、尿管疾患の病態解明と創薬開発に繋がることも期待されます。

 

本研究成果は、科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に6月20日に掲載されました。本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(S))、国際先導研究「腎臓を創る」、JST創発的研究支援事業の支援を受けました。

 

[背景]

腎臓は人体の恒常性維持を担う重要な臓器ですが、再生しない臓器です。腎不全による人工透析患者さんは日本国内だけでも34万人を超えており、腎移植の機会も限られていることから腎臓の再生医療に期待が集まっています。

近年の幹細胞生物学の進歩により、多能性幹細胞から腎臓組織を人工的に作ることが可能になっています。熊本大学発生医学研究所腎臓発生分野はこれまで、多能性幹細胞から腎臓を構成する前駆細胞の誘導法を世界に先駆けて確立し、特にマウスES細胞から複雑な三次元構造(高次構造)を有する腎臓組織 (腎臓オルガノイド) を作ることに成功しました (Cell Stem Cell 20132017, Nat Commun 2022)。しかしこの腎臓組織には産生された尿の排泄経路である「尿管」は付随しておらず、このことが腎臓オルガノイドを移植医療に応用する際のボトルネックになっています。

尿管は上皮と間質で構成され、これらの前駆細胞の相互作用により発生します。これらのうち尿管上皮の前駆細胞 (尿管芽) への誘導法は、同グループを含め (Cell Stem Cell 2017) 複数報告されていますが、残る尿管間質の前駆細胞への誘導法は世界的にみても確立されていませんでした。今回は、この尿管間質の前駆細胞を多能性幹細胞から誘導する方法を確立し、マウス胎仔由来の尿管上皮、もしくは多能性幹細胞から誘導した尿管芽と組み合わせることで、多能性幹細胞から尿管組織を作ることを目的としました。

 

[研究の内容]

まず胎児期のマウス腎臓、尿管を用いて、尿管間質の前駆細胞に特徴的な遺伝子群やその発生メカニズムを同定しました。次に、尿管間質の前駆細胞の起源である後方中間中胚葉と呼ばれる組織を単離し、それを尿管間質の前駆細胞まで誘導する培養条件を確立しました。これらを基に、マウスES細胞とヒトiPS細胞から後方中間中胚葉を経由して尿管間質の前駆細胞を誘導する方法を開発しました。この誘導した尿管間質の前駆細胞を、マウス胎仔由来の尿管上皮や多能性幹細胞から誘導した尿管芽と組み合わせて試験管内で培養し、分化した尿管組織を作ることに成功しました(図)。さらにこれらの方法は、尿管に異常をきたす遺伝子の機能解明に利用できることも示しました。

 

[成果・展開]

本研究は、尿管間質の前駆細胞の誘導法を確立し、生体内の尿管上皮や誘導した尿管芽と組み合わせることで、人工的な尿管組織の作成を実現したものです。尿管という生体内で腎臓が機能を発揮するために必須な構造を、試験管内で多能性幹細胞から構築することに成功した初めての報告であり、尿管に異常がみられる様々な疾患の病態解明に応用が可能です。また、すでに同グループから発表済みである、高次構造を有する腎臓オルガノイドと繋ぎ合わせることができれば、尿が作られて出ていくという臓器本来の機能を持った腎臓オルガノイドを試験管内で作って移植できるようになる可能性があります。今後のステップとして、尿管オルガノイドの質を高め、腎臓オルガノイドに繋げる研究が期待されます。

 

[用語解説]

・尿管:腎臓で産生される尿を体外に排泄するために必要な構造。管状の構造をしており、内側に位置する上皮とそれを取り囲む間質で構成される。

・多能性幹細胞:ES細胞やiPS細胞など。様々な体細胞に分化し得る万能細胞。

・ES細胞:受精卵から作られた多能性幹細胞。胚性幹細胞。

・iPS細胞:皮膚や血液などの体細胞から作られた多能性幹細胞。

・尿管芽:尿管上皮の前駆細胞。腎臓内の構造の一部でもある集合管の前駆細胞でもある。

 

 

[図の説明]

多能性幹細胞から尿管間質の前駆細胞への誘導法を開発し(赤矢印)、マウス胎仔由来、もしくは多能性幹細胞から誘導した尿管上皮の前駆細胞と組み合わせることで人工的に尿管組織を作ることに成功した(写真上段:マウスES細胞由来の尿管間質前駆細胞とマウス胎仔由来の尿管上皮を組み合わせた尿管組織を示す)。作製した尿管組織は生体内の尿管と同様に分化していることが確認できた(写真下段、作製した尿管組織の断面を示す)。