Shunsuke Tanigawa, Hidekazu Naganuma, Yusuke Kaku, Takumi Era, Tetsushi Sakuma, Takashi Yamamoto, Atsuhiro Taguchi, and Ryuichi Nishinakamura. Activin Is superior to BMP7 for efficient maintenance of human iPSC-derived nephron progenitors. Stem Cell Reports, in press (2019)
尿の産生や血圧の調節など生命の維持に必須の器官である腎臓は、一度機能を失うと再生しません。胎児期には尿を産生する重要な組織であるネフロン*1(糸球体と尿細管)がネフロン前駆細胞*2から作り出されます(図1)。しかし、その前駆細胞はヒトの腎臓が出来上がる出生前に消失してしまうため、そのことが腎臓が再生しない理由の一つとされています。腎臓発生分野(西中村隆一教授)は2014年に、ヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導する方法を報告しました(Taguchi et al., Cell Stem Cell, 2014)。さらに2016年には、iPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞をマウスに移植すると糸球体のポドサイト*3が成熟することを証明し(Sharmin et al., J Am Soc Nephrol 2016)、2018年には患者由来のiPS細胞にこれらの方法を応用して小児腎臓病の初期状態再現を報告しました(Tanigawa et al., Stem Cell Reports, 2018)。
これにより、ヒトiPS細胞から作った腎臓組織の再生医療への応用や、先天性腎臓病の病態解明、さらに薬剤開発への発展が期待されます。しかし、それには大量のネフロン前駆細胞が必要で、かつヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導する約2週間の時間と技術の習得が必須です。もし、iPS細胞から作製したネフロン前駆細胞を増やして凍結保存することが可能になれば、患者さん由来のiPS細胞から作製したネフロン前駆細胞を凍結保存し、薬剤開発のための研究材料として供給することが可能になり、研究の加速が期待されます。これまでに我々を含む複数のグループがマウスやヒトのネフロン前駆細胞を増やす方法を報告してきましたが、ヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞の維持は不完全であり、凍結保存法も確立されていませんでした。
2016年4月、熊本地震当日に谷川俊祐助教、西中村隆一教授らはWNT、FGF、LIF、 BMPという4つの成長因子を加えることによって、マウスのネフロン前駆細胞の維持と増幅ができることを報告しましたが、ヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞の増幅には限界がありました(Tanigawa et al., Cell Reports, 2016)。そこで、今回、谷川助教らはネフロン前駆細胞が誘導されるとGFPで光るヒトiPS細胞を作製し、WNT、FGF、 LIFという条件にBMPではなくアクチビンを加えることがヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞の増幅に有効であることを見出しました(図2A)。前駆細胞は1週間で5倍に増え、90%以上の純度を保っており、最大2週間の増幅が可能でした(図2B)。増幅したネフロン前駆細胞は試験管内で腎臓組織(糸球体と尿細管)を作ることができ、マウスに移植すると、糸球体が血管と繋がり、糸球体の成熟も進みました(図2C, D)。増やしたネフロン前駆細胞は凍結保存でき、融解後も腎臓組織を作ることができました(図3)。さらに、GFP挿入などの遺伝子操作を加えていないiPS細胞からでも、アクチビンによって前駆細胞を増やせることを示しました。これによりヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導する2週間の時間を省略し、ネフロン前駆細胞誘導法の技術を習得せずとも腎臓組織を作ることが原理的に可能となりました。これまで報告されたネフロン前駆細胞の増幅培養法はすべてBMPを使っていましたが、ヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞の増幅には予想外にアクチビンが有効であることを見つけたのが成功の鍵でした。
本研究は、ヒトネフロン前駆細胞をiPS細胞から作製し、腎臓組織を作る能力を保持しながら増幅させ、さらに凍結保存することを可能にしたものです(図4)。この成果は、患者由来iPS細胞から作製した腎臓組織の病態解明や薬剤開発の研究、さらに腎臓組織を再構築する再生医療につながることが期待されます。本研究成果は、科学雑誌Stem Cell Reports電子版に8月1日先行掲載されました。
・本研究は、熊本大学の江良択実教授と広島大学の山本卓教授らとの共同研究です。文部科学省科学研究費補助金及び日本医療研究開発機構の支援を受けました。
*1 ネフロン:腎臓の最小機能単位で、糸球体と尿細管から構成される。一つの腎臓にマウスでは1万個、ヒトでは100万個のネフロンが存在するとされる。
*2 ネフロン前駆細胞:腎臓において尿を産生するネフロン(糸球体と尿細管)という組織を作り出す細胞。尿の排出路である尿管の元になる細胞や、腎臓組織の隙間を埋める間質の前駆細胞は別に存在する。
*3 ポドサイト:糸球体のろ過機能を司る細胞。複雑な突起と特殊なろ過膜をもつ。
図1.ネフロン前駆細胞は糸球体や尿細管を形成する。
図2.アクチビンはBMPよりも効率よくネフロン前駆細胞を維持しながら増幅でき、増やした細胞は腎臓組織を作ることができる。
A: 1週間増やした後のネフロン前駆細胞の数。アクチビンはBMPよりも前駆細胞を増幅する (BMP 1.3倍、アクチビン5倍)。
B: 増やした後のネフロン前駆細胞の純度。アクチビンはBMPよりも高純度の前駆細胞を維持できる。
C: アクチビンで増やした前駆細胞はBMPよりも効率良く腎臓組織を作る。スケールバー:200 μm
D: アクチビンで増やしたネフロン前駆細胞はマウス腎臓に移植すると糸球体を作り、血管を取り込む。左図:血管と繋がって拡張した糸球体。右図:マウスの血管(緑)が糸球体に取り込まれ、尿のろ過に重要なネフリン(赤)が血管側に移動し成熟化が見られる。
図3.凍結保存したネフロン前駆細胞から作製した腎臓組織。
アクチビンで増やした後に凍結保存したネフロン前駆細胞によって作られた糸球体(赤)と尿細管(緑、黄)(左図)。ろ過膜の前駆体(ネフリン、赤)の形成が見られる。
矢頭:細胞側面に存在するろ過膜前駆体。矢印:細胞底面側に存在するろ過膜前駆体。スケールバー:左図 200 μm、右図 10 μm
図4.今回の研究成果と今後期待されること