Selective in vitro propagation of nephron progenitors derived from embryos and pluripotent stem cells
Shunsuke Tanigawa, Atsuhiro Taguchi, Nirmala Sharma, Alan O. Perantoni, and Ryuichi Nishinakamura. Cell Reports, in press (2016)
腎臓は尿の産生や血圧の調節など生命の維持に必須の器官です。腎臓が一度機能を失うと再生しないため、人工透析が必要となります。透析患者数は増加の一途を辿り、画期的な代替法や再生医療の誕生が待たれています。腎臓は、ネフロン*1と呼ばれる機能単位の集合体であり、それぞれのネフロンは、血液から尿をろ過する糸球体と、必要な水分や塩分を再吸収する尿細管から成り立っています。このネフロンは胎児期にネフロン前駆細胞*2から作られます。しかし、そのネフロン前駆細胞は腎臓が出来上がる出生前後に消失してしまい、そのことが腎臓が再生しない一因とされています。2013年末に、腎臓発生分野(西中村隆一教授)の太口敦博助教らによって、ネフロン前駆細胞をヒトiPS細胞から誘導する方法が報告されました(Taguchi et al., Cell Stem Cell, 2014)。しかし、ヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞を再生医療へ応用するにはネフロンを形成する能力を保ちながら大量に増やす必要があります。同分野の谷川俊祐助教らは、低濃度のLIFによってラット胎仔のネフロン前駆細胞を短期間維持できることを昨年報告しました (Tanigawa et al., Stem Cell Reports, 2015)。しかしこの条件は直ちにはマウスには適用できませんでした。
今回谷川助教らは、低濃度のLIFに加えて、腎臓が分化する際に必要な液性因子WNT及びBMPを敢えて低い濃度で培養液に添加することによって、マウスの胎仔から単離したネフロン前駆細胞を試験管内で約20日間培養し、約1,800倍に増幅することに成功しました(図1)。増えた細胞は糸球体と尿細管を形成する能力を維持しており、腎臓発生に重要な遺伝子群の発現も保たれていました。つまり、生体内では約10日間で消失してしまう前駆細胞を、この培養法では期間を2倍に延長し、数を100倍に増やしたことになります。この培養法をヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞に適用したところ、8日間で4倍に増幅し、増えた細胞は糸球体と尿細管を形成しました(図2)。よって、液性因子を最適な濃度で組み合わせることにより、ネフロン前駆細胞の生存期間を延長して、より長期間増やすことが可能になりました。最近、米国の研究グループにより、ヒトES細胞由来のネフロン前駆細胞を約1週間培養したという報告があります。しかし、その条件で培養したネフロン前駆細胞からは、尿細管は形成されるものの糸球体は確認されていません。よって、糸球体と尿細管の両方を作る能力を維持したままネフロン前駆細胞を増幅する培養法の報告は、これが世界で初めてです。
本研究はネフロン前駆細胞を人為的に増幅するもので、腎疾患の病態解明、創薬及び細胞治療など大量に細胞を必要とする再生医療に向けた大きな前進です。さらに、増幅させたネフロン前駆細胞の凍結保存が可能となれば、iPS細胞から前駆細胞を誘導する14日間の時間を省略でき、研究材料として供給できるようになります(図3)。今後、この培養法が再生医療に向けた研究に応用されることが期待されます。本研究成果は、科学雑誌Cell Reports電子版に4月15日先行掲載されました。
※ 本研究は、米国NCI/NIHのグループとの共同研究です。文部科学省科学研究費補助金、博士課程教育リーディングプログラム(HIGOプログラム)の支援を受けました。
※1 ネフロン:腎臓の最小機能単位で、糸球体と尿細管から構成される。一つの腎臓にマウスでは1万個、ヒトでは100万個のネフロンが存在するとされる。
※2 ネフロン前駆細胞:腎臓において尿を産生するネフロン(糸球体と尿細管)という組織を作り出す細胞。尿の排出路である尿管の元になる細胞や、腎臓組織の隙間を埋める間質の前駆細胞は別に存在する。
図1.ネフロン前駆細胞の増幅培養
マウス胎仔の腎臓由来のネフロン前駆細胞及びヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞を、LIF、WNT、FGF及びBMPを添加した培地で培養。増幅した細胞は糸球体と尿細管の3次元立体構造を形成する。
図2.増幅したヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞から作られた糸球体と尿細管
黄矢印:糸球体、黒矢印:尿細管 スケールバー:20 µm
図3.今回の研究成果と今後期待されること