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分  野腎臓発生分野
掲載日2018年8月31日
タイトル
ヒトiPS細胞で小児腎臓病を再現

Shunsuke Tanigawa, Mazharul Islam, Sazia Sharmin, Hidekazu Naganuma, Yasuhiro Yoshimura, Fahim Haque, Takumi Era, Hitoshi Nakazato, Koichi Nakanishi, Tetsushi Sakuma, Takashi Yamamoto, Hidetake Kurihara, Atsuhiro Taguchi, and Ryuichi Nishinakamura. Organoids from nephrotic disease-derived iPSCs identify impaired NEPHRIN localization and slit diaphragm formation in kidney podocytes

Stem Cell Reports  on line  Aug 30, 2018

 

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 腎臓は血液中の老廃物をろ過して排出する臓器ですが、その際に血液中の蛋白質は尿中には漏れないようになっています(図1参照)。これを司るのが糸球体※1のポドサイト※2に存在するろ過膜(スリット膜)であり、ネフリン※3という物質がその主な構成要素です。そのため、ネフリンに遺伝子変異があると、血液中の蛋白質が尿に大量に漏れ、先天性のネフローゼ症候群※4を呈します。根治的治療は困難であり、ろ過膜を人工的に再現する手法がないことが研究進展のボトルネックになっていました。

 腎臓発生分野(西中村隆一教授)は2014年に、ヒトiPS細胞※5から腎臓組織を試験管内で誘導することに成功しました。さらに2016年には、iPS細胞から誘導した糸球体ポドサイトがネフリンを発現していること、誘導の途中にマウスに移植するとポドサイトがより成熟することを証明しました。そこで今回、谷川俊祐助教、Mazharul Islam (マジハール イスラム)さん(大学院生)らが、これらの方法を先天性腎臓病の患者さん由来のiPS細胞に応用し、病態を再現することに成功しました。

 まず、ネフリンに1ヶ所だけ変異をもつ先天性ネフローゼ症候群の患者さんの皮膚からiPS細胞を樹立しました(図2参照)。そこから試験管内で腎臓組織を誘導したところ、本来糸球体ポドサイトの表面に存在すべきネフリンが細胞内に留まり、ろ過膜の前駆体をほとんど作れないことがわかりました(図3A参照)。誘導の途中でマウスに移植すると、通常はポドサイトの成熟が進んで、ネフリンが血管側に移動してくるのですが、患者さん由来のものではそれも障害されていました(図3B参照)。つまり、この先天性腎臓病の初期病態をiPS細胞によって再現したことになります。さらに、患者さん由来のiPS細胞でネフリン変異を修復してから腎臓組織に誘導したところ、上記の異常は正常化しました。つまり、このたった1つの変異が病気を起こす原因であり、この変異を修復すると治療ができる可能性を示しました。

 本研究は、患者さん由来のiPS細胞を使って糸球体性腎疾患の病態を再現した初めての例であり、病因の解明と創薬開発につながることが期待されます。本研究成果は、米国科学雑誌「Stem Cell Reports」オンライン版に8月30日11:00(アメリカ東部時間)【日本時間の8月31日0:00 AM】に掲載されました。

 

※本研究は、熊本大学の江良択実教授と仲里仁史教授、順天堂大学の栗原秀剛准教授、琉球大学の中西浩一教授、広島大学の山本卓教授らとの共同研究です。文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構の支援を受けました。

※1 糸球体:腎臓内で血液から尿をろ過する部位
※2 ポドサイト:糸球体のろ過機能を司る細胞。複雑な突起と特殊なろ過膜をもつ。
※3 ネフリン:ポドサイトのろ過膜を構成する主要なタンパク質
※4 ネフローゼ症候群:糸球体の異常によって血液中の蛋白質が尿中に漏れ出てしまう病気。先天性の場合は、生後3ヶ月以内に大量の蛋白尿を呈し、血液中の蛋白質の低下によって全身の浮腫が起こり、2−3年内に腎不全となることが多い。ネフリンの変異による先天性ネフローゼ症候群は、フィンランドで特に頻度が高い(8,200人に一人)。
※5 iPS細胞:皮膚や血液などの体細胞から作られた万能細胞

 

図1.糸球体ポドサイトとろ過膜
A: 糸球体の構造 
B: ポドサイトの拡大写真。多数の突起をもつ。 
C: ポドサイトの突起間に存在するろ過膜の模式図。ろ過膜の主成分であるネフリンが、篩(ふるい)を形成する。

 

 

 

 

図2.患者さん由来のiPS細胞から誘導されたポドサイトの異常(まとめ)
iPS細胞から腎臓前駆細胞(元になる細胞)を誘導し、さらに試験管内で、あるいは移植して、合計約1ヶ月(13日+20日)かけて腎臓組織を誘導した。

 

 

 

 

図3.患者さん由来のポドサイトではろ過膜前駆体が減少している
A: 試験管内で誘導した糸球体とポドサイト  
B:マウス移植後のポドサイト
正常ではポドサイトの側面や底面に存在するろ過膜前駆体(それぞれ矢じり、矢印)が、患者さん由来ではほとんど認められない
スケールバー:10 μm