分野紹介
組織幹細胞分野
I.成体型血液細胞系列の発生メカニズムに関する研究

成体型血液細胞系列の発生起源

 鳥類や哺乳類の個体発生では、卵黄嚢で最初の造血が始まり胚型赤血球が産生されます。卵黄嚢造血より遅れて発生し、胎仔肝を経て最終的に骨髄に定着する造血を成体型造血と呼びます。成体型造血では、成体型赤血球、顆粒球、リンパ球などが産生されます。その発生起源を辿ると、卵黄嚢や胚体内大動脈近傍内臓葉で先ず様々な血液前駆細胞が発生し、その後、AGM(大動脈-生殖腺-中腎)領域で造血幹細胞が発生します。成体型血液細胞系列がどのような細胞から発生するのか明らかにするために、マウス胎仔の血管内皮細胞や、マウスES細胞から試験管内で分化誘導した血管内皮細胞を解析し、血管内皮細胞が成体型血液細胞に分化する能力を持つことを明らかにしました(Fraser et al. 2002Endoh et al. 2002Hirai et al. 2003Fraser et al. 2003Sugiyama et al. 2003Sugiyama et al. 2007)。血球分化能を持つ血管内皮細胞を造血性内皮細胞と呼びます。現在では、造血幹細胞も造血性内皮細胞から発生すると考えられています。

 

血管内皮細胞の血球分化プログラムとしてのc-Myb

 血球分化能を持つ血管内皮細胞は転写因子c-Mybを高く発現します。c-Mybの血球分化能に与える影響を検討するために、c-Myb遺伝子の誘導的強制発現系をマウスES細胞に導入しました。このES細胞の分化誘導では、血管内皮細胞の発生段階に限定したc-Mybの強制発現が可能です。血管内皮細胞でc-Mybの発現を高くすると血液前駆細胞への分化が促進され、その血液前駆細胞の自己複製能も高くなることを明らかにしました(Dai et al. 2006)。c-Mybが血管内皮細胞の血球分化プログラムとして機能する可能性を示唆しています。

 

血液細胞分化におけるc-Mybタンパク発現量の重要性

 c-Mybは各血球系列の分化にも重要な役割を果たします。c-Mybノックアウト ES細胞から分化誘導した血管内皮細胞は、血液前駆細胞には分化するものの、血液前駆細胞から各血球系列への分化に障害があります。そこで、c-Myb遺伝子の誘導的発現系をc-Mybノックアウト ES細胞に導入し、血球分化の回復を試みました。c-Mybの発現回復は顆粒球系の分化を回復させましたが、赤血球、巨核球、リンパ球の分化は、c-Mybの発現誘導時期と発現量を人為的に調節しても正常に回復させることができませんでした。生体では、血球系列の分化過程を正常に進行させるために、c-Mybの発現時期とその量が厳密に調節されていると推察されます(Sakamoto et al. 2006)。

 

c-Mybタンパクの発現量に基づく休止期造血幹細胞の検出と分離

 c-Mybタンパクの発現量を生細胞で定量するために、c-Mybと蛍光タンパクを結合したキメラタンパクを、内在性のc-Myb遺伝子制御領域の支配下に発現するレポーターマウスを作製しました。骨髄細胞のFACS解析により、各血球系列の前駆細胞だけでなく、造血幹細胞もc-Mybを発現していることが分かりました。c-Mybの発現が低い造血幹細胞は休止期にあり、c-Mybの発現が高い幹細胞に比べて骨髄造血再構築能が高いことを見いだし、造血幹細胞の増殖活性化とc-Mybタンパクの発現量が逆相関することを明らかにしました。c-Mybタンパクの発現量に基づいて休止期にある造血幹細胞を生きたまま分離できることを初めて示しました(Sakamoto et al. 2015)。

 

成体型血液細胞系列の異なる発生経路の同定

 血球分化能を持つ血管内皮細胞である造血性内皮細胞の存在が提唱される一方で、胎生期血液前駆細胞の起源はCD41陽性前駆細胞であるとの報告もあります。造血性内皮細胞とCD41陽性前駆細胞は同じ発生経路の別の分化段階なのか、独立した発生経路なのかを明らかにするために、ES細胞分化系およびマウス胎仔から血管内皮細胞とCD41陽性前駆細胞を分離し血球分化能力を比較解析しました。血管内皮細胞とCD41陽性前駆細胞は共に側板中胚葉から発生しましたが、産生する血球系列の種類が大きく異なり、独立した発生経路として同定されました(Hashimoto et al. 2007)。CD41陽性前駆細胞は中胚葉から血管内皮細胞を経ずに直接的に血球系列に分化決定した細胞であると考えられます。

 

胎生期血液前駆細胞の試験管内増幅

 トロンボポエチン(TPO)は、骨髄における造血幹細胞の維持に必要な増殖因子の一つとして知られています。胎生期の血液前駆細胞におけるTPOの役割を解析するために、肝造血期以前のマウス胚から分離した血液前駆細胞をTPOとSCF(c-Kitリガンド)の存在下に無血清培養を行ったところ、多能性を維持したまま十数倍に増幅することが分かりました。この自己複製能力は成体骨髄から分離した血液前駆細胞には認められないことから、TPOとSCFが胎生前期の血液前駆細胞に対して特異的に増殖シグナルとして機能することが明らかになりました(Huang et al. 2009)。

 

アクチビン Aによる造血性内皮細胞の分化誘導促進

 ES細胞から造血幹細胞の分化誘導を実現するためには、造血性内皮細胞の分化誘導効率を高める必要があります。OP9ストロマ細胞との共培養によるES細胞試験管内分化系において、アクチビンAの存在下に分化誘導した血管内皮細胞の血球分化能が著しく高いことを見いだしました。アクチビンA存在下に分化誘導した血管内皮細胞はCD41陽性血管内皮細胞(血管内皮細胞の一部で前述のCD41陽性前駆細胞とは異なる)を多く含んでおり、血液細胞はこのCD41陽性血管内皮細胞から分化することが分かりました。アクチビンAは側板中胚葉細胞の分化誘導を促進するため、側板中胚葉細胞を起源とするCD41陽性血管内皮細胞が増加することを明らかにしました(Hirota et al. 2015)。

 

CXCR4による造血性内皮細胞の分化調節

 ES細胞から分化誘導したCD41陽性血管内皮細胞の造血性内皮細胞としての機能を明らかにするために、個々の細胞レベルでの分化能力を解析したところ、11%の細胞が血球分化能を持ち、3%の細胞が血球分化能と内皮細胞コロニー形成能の両方を持つ(二分化能)ことが分かりました。CD41陽性血管内皮細胞は、血管内皮細胞が発現する転写因子に加えて血球分化に必須の転写因子Runx1も発現しており、造血性内皮細胞として同定することができました。さらに、二分化能を持つ造血性内皮細胞はケモカイン受容体CXCR4を発現し、CXCR4シグナルが二分化能のうち内皮細胞分化能を抑制することを見いだしました。造血性内皮細胞の分化能力を細胞外シグナルを介して調節できることが明らかになりました(Ahmed et al. 2016)。ES細胞から分化誘導した造血性内皮細胞の分化能を調節して造血幹細胞に分化させることが最終的な目標です。

 

造血性内皮細胞の発生におけるBMP4の機能

 ES細胞から分化誘導した側板中胚葉細胞をOP9ストロマ細胞と凝集させて培養すると、CD41をまだ発現しない早期造血性内皮細胞とCD41陽性血管内皮細胞を順に経て、血液細胞に効率よく分化することが分かりました。この培養系に高濃度のBMP4を添加すると、側板中胚葉細胞から早期造血性内皮細胞への分化が促進され、さらにCD41陽性血管内皮細胞の増殖も促進されることを見いだしました。BMP4は中胚葉細胞の発生に必須の因子としても知られていますが、それだけでなく、造血性内皮細胞の発生を促進する作用があることが明らかになりました(Tsuruda et al. 2021)。ES細胞から造血幹細胞への分化誘導を実現するために重要な知見です。

 

造血幹細胞を経ないマスト細胞の新しい発生経路

 花粉症などのアレルギー反応に関わるマスト細胞は、造血幹細胞が起源であると考えられています。造血幹細胞は胎生期に背側大動脈の造血性内皮細胞から発生します。マウス胎仔から単離した造血性内皮細胞をマスト細胞に効率よく分化させる培養系を新たに確立しました。この培養系では、多くのマスト細胞は造血幹細胞を経ずに発生することが分かりました。さらに、胎仔の造血性内皮細胞を新生仔マウスの腹腔内へ移植すると、結合組織型マスト細胞に分化することが分かりました。胎仔の造血性内皮細胞が造血幹細胞の発生と無関係にマスト細胞を産生し、その一部が腹腔内マスト細胞として働いている可能性が明らかになりました(Tsuruda et al. 2022)。マスト細胞の個体発生における新たな視点となり、マスト細胞の発生起源が組織内局在や細胞機能とどのように関係するか解明することに繋がります。

 

 

 

 

II.血管新生の細胞生物学的制御メカニズムに関する研究

ES細胞分化系を用いた血管形成の試験管内モデル

 血管の発生は、血管芽細胞から分化した血管内皮細胞が原始的な血管叢を形成する脈管形成過程、既存の血管から新たな血管が出芽して階層性のある血管網へ発達する血管新生過程を経て進行します。血管新生に関与する増殖因子や転写因子の細胞レベルでの機能を明らかにするためには、発生段階の血管内皮細胞を対象とする細胞生物学的な解析システムが必要です。本研究では、ES細胞から血管内皮細胞を分化誘導してコロニーを形成させる培養系を開発してきました。この培養系は、血管内皮細胞の分化だけでなく、細胞間接着・運動・細胞形態を詳細に観察し、血管新生を調節する様々な因子の細胞生物学的な役割を解明する優れたシステムです(Matsumura et al. 2003Hirashima et al. 2003)。

 

血管新生における血管内皮細胞の接着・運動・形態変化

 血管内皮細胞はVE-カドヘリンによる接着結合とクローディン5による密着結合で互いに接着しています。接着により敷石状を呈する血管内皮細胞は静的な休止状態にあると一般に捉えられています。接着結合と密着結合を可視化するために、VE-カドヘリン遺伝子プロモーターを利用して(Hisatsune et al. 2005)、VE-カドヘリンもしくはクローディン5と蛍光タンパクを結合したキメラタンパクを血管内皮細胞特異的に発現するES細胞を作製しました。分化誘導した血管内皮細胞コロニーをタイムラプス解析し、血管内皮細胞が密着性を維持したまま高い運動能を持ち、細胞運動に伴って細胞間接着が動的にリモデリングされることを明らかにしました(Guo et al. 2007)。この細胞運動はランダムで高次構造を形成しませんが、血管内皮増殖因子(VEGF)の刺激下では血管内皮細胞は細く伸長し、前後軸極性を伴う運動によって網目状の高次構造を形成することが分かりました(Tsuji-Tamura et al. 2011)。

 

Foxo1の血管新生における細胞生物学的役割

 Foxo1は一般に細胞周期抑制やアポトーシス誘導などで役割を担う転写因子として知られています。ところが、Foxo1ノックアウトマウスは血管新生の障害により胎生致死となることを見いだしました。血管新生におけるFoxo1の役割を明らかにするために、Foxo1ノックアウトES細胞から分化誘導した血管内皮細胞を用いて細胞レベルでの解析を行ったところ、Foxo1ノックアウト血管内皮細胞はVEGF存在下でも伸長することができず異常な形態を示すことが分かり、血管新生における血管内皮細胞の伸長にFoxo1が必須であることを明らかにしました。これまで知られていなかったFoxo1の新しい機能を示唆するものであり、細胞の形質と個体の表現型を結びつける優れた実験モデルになります(Furuyama et al. 2004Park et al. 2009)。

 

Foxoファミリーメンバーの機能的差異

 Foxo1ノックアウトマウスには血管形成異常がありますが、同じFoxoファミリーメンバーであるFoxo3のノックアウトマウスでは血管形成異常は報告されていません。ES細胞から分化誘導した血管内皮細胞がFoxo3を発現していないことを利用して、細胞形態調節においてFoxo1に機能的特異性があるかどうか調べました。その結果、Foxo1欠損血管内皮細胞の形態異常をFoxo3の発現誘導により回復させることができないことがわかり、Foxo1の機能に特異性があることが明らかになりました(Matsukawa et al. 2009)。

 

PI3K/Akt及びmTORC1の阻害による血管内皮細胞の伸長誘導

 血管障害による虚血疾患を治療するためにVEGFを投与して血管新生を促す方法が考えられますが、VEGFの血管透過性亢進作用による浮腫などの副作用が問題となります。過剰なVEGF刺激に頼らない血管新生誘導法を開発するために、ES細胞から分化誘導した血管内皮細胞の伸長を促進する薬剤を、阻害剤ライブラリーのスクリーニングにより探索しました。PI3K阻害剤、Akt阻害剤、mTORC1阻害剤が、低濃度のVEGF存在下に血管内皮細胞の伸長を促進することを見いだしました。PI3K/AktとmTORC1は異なる機序で血管内皮細胞の形態を調節することが明らかとなり、VEGFの過剰投与を回避しながら血管新生を誘導する新しい治療法を開発するために有用なヒントになります(Tsuji-Tamura et al. 2016Tsuji-Tamura et al. 2018B)。

 

mTORC1/mTORC2同時阻害による血管内皮細胞の伸長抑制

 mTORC1の阻害による血管内皮細胞の伸長誘導はmTORC2の活性化を介していると考えられます。実際に、mTORC1とmTORC2を同時に阻害すると血管内皮細胞の伸長は抑制されます。この時、血管内皮細胞の細胞質においてF-アクチンの異常な凝集と微小管ネットワークの乱れが起きることが分かりました。mTORC1/mTORC2同時阻害によるこの効果は、微小管の脱重合を阻害するパクリタキセルによっても引き起こされることから、微小管の過剰な安定化が血管内皮細胞の伸長を抑制することが示唆されます。mTORC1/mTORC2同時阻害は血管新生を強く抑制すると予想され、腫瘍血管新生を標的にした癌の治療にも役立つと期待されます(Tsuji-Tamura et al. 2018A)。

 

血管内皮細胞におけるTagln/SM22の血管新生抑制機能

 アクチン結合タンパクであるTagln/SM22は平滑筋細胞のマーカーとして広く知られています。マウスES細胞の分化系を用いた解析から、VEGFやmTORC1阻害剤による血管内皮細胞の伸長に伴ってSM22プロモーターが活性化し、内在性SM22タンパクの発現も上昇することを見出しました。マウス胎仔肢芽の血管内皮細胞でもSM22タンパクの発現が確認され、血管新生過程で血管内皮細胞がSM22を発現することを始めて明らかにしました。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)においてSM22の3つのアイソフォームをノックダウンすると、VEGF存在下での血管様構造の形成が促進されたことから、SM22は血管新生を抑制する機能を持つことが明らかになりました(Tsuji-Tamura et al. 2021)。

 

Foxo1による血管内皮細胞伸長促進の分子メカニズム

 マウスES細胞から分化誘導した血管内皮細胞を用いて、Foxo1が血管内皮細胞の伸長を促進するための標的遺伝子を探索し、Ppp1r14c遺伝子を特定しました。Ppp1r14cはミオシン軽鎖ホスファターゼ(MLCP)の触媒サブユニットであるPP1を阻害するタンパクであり、ミオシン軽鎖のリン酸化を促進します。ミオシン軽鎖のリン酸化は血管内皮細胞の伸長と血管新生に必要です。Foxo1はPpp1r14cの発現を上昇させることでMLCP活性を抑制し、ミオシン軽鎖のリン酸化を介して血管内皮細胞の伸長と血管新生を促進することが明らかになりました。この研究は、Foxo1が血管新生を制御する分子メカニズムについて新しい知見を提供します。(Tsuji-Tamura et al. 2023)。