ニュープレス

⇒NewPress一覧へ

分  野腎臓発生分野
掲載日2017年7月10日
タイトル
転写因子PAX2はヒトiPS細胞からの試験管内ネフロン形成には不要である

Yusuke Kaku, Atsuhiro Taguchi, Shunsuke Tanigawa, Fahim Haque, Tetsushi Sakuma, Takashi Yamamoto & Ryuichi Nishinakamura. PAX2 is dispensable for in vitro nephron formation from human induced pluripotent stem cells. Scientific Reports 7: 4554, 2017.

 腎臓はネフロン前駆細胞と尿管芽という2つの細胞集団の相互作用によって発生します。間葉系組織であるネフロン前駆細胞は、糸球体や尿細管という腎臓の機能を司るネフロン上皮を形成するため、この過程は間葉上皮転換と呼ばれます。転写因子PAX2は、ネフロン前駆細胞の間葉上皮転換及び尿管芽の発生の両方に必須であることがマウスにおいて知られています。またPAX2変異はヒトにおいても腎臓低形成を引き起こしますが、ヒトでのPAX2の役割の詳細は明らかにされていませんでした。腎臓発生分野(西中村隆一教授)ではこれまでに、ヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞への誘導法を報告してきました(Taguchi et al. Cell Stem Cell 2014, Sharmin et al. J Am Soc Nephrol 2016, Tanigawa et al. Cell Reports 2016)。
今回、腎臓発生分野の賀来祐介(医学教育部 大学院生)らは、PAX2を欠失するヒトiPS細胞を作製し、ネフロン前駆細胞を誘導しました。このネフロン前駆細胞を分化させると、マウスの場合と異なり、間葉上皮転換を起こして糸球体と尿細管を形成できるという予想外の結果が得られました (図A)。一方、正常なら扁平化する糸球体の壁側上皮は円柱状のままでした(図B)。よってPAX2は、ヒトiPS細胞からの試験管内ネフロン形成において、ネフロン前駆細胞の間葉上皮転換には不要であるが、糸球体壁側上皮細胞の形態形成に必須であることがわかりました。これらの結果が生体での種差を反映しているのかは今後の検討が必要ですが、少なくともヒトiPS細胞を用いて腎臓の細胞系譜特異的なノックアウト解析が可能であることを示したことになります。本研究は、Scientific Reports誌に2017年7月3日掲載されました。

 

ネフロン:腎臓の最小機能単位であり、糸球体や尿細管から構成される。ヒトの腎臓には約100万個のネフロンが存在するとされる。

 

 

 

図 PAX2欠失iPS細胞から誘導された腎臓組織
A.ネフロン前駆細胞の間葉上皮転換にPAX2は不要である。正常(+/+) 及びPAX2欠失(-/-) iPS細胞から誘導された尿細管(左)と糸球体(右)。Scale bars: 25 µm.
B.PAX2を欠失する (-/-) 糸球体の壁側上皮(矢尻)は扁平化しない。右:四角内の拡大。Scale bars: 10 µm.