T. Aoto, N. Saitoh, T. Ichimura, H. Niwa, and M. Nakao. Nuclear and chromatin reorganization in the MHC-Oct3/4 locus at developmental phases of embryonic stem cell differentiation. Dev. Biol. 298: 345-367, 2006.
われわれヒトを含む多細胞生物は、たった一つの受精卵から増殖や分化を繰り返すことで個体を形成する。しかしながらすべての細胞は、ほぼ同一のゲノム情報を有するため、それぞれの細胞の特性を作りだしそして保持していくためには、従来知られてきた転写制御機構だけでなくこのようなゲノム情報である DNAをパッケージングするクロマチンや細胞核内の核構造体配置そのものの制御によるエピジェネティックな分子メカニズムが重要であることが近年注目され始めている。 器官制御分野(中尾光善教授)の青戸隆博(博士課程大学院生)らは今回、マウス ES細胞と神経系への分化誘導系を用いて、ES細胞特異的な遺伝子発現を示すOct3/4遺伝子座領域の核内動態およびクロマチン動態をそれぞれ1細胞レベルでのイメージング手法およびクロマチン免疫沈降法により解析した。その結果、Oct3/4遺伝子座付近のDNAメチル化やヒストン修飾などのクロマチン構造、そして細胞核内での遺伝子座と核内構造体との相互作用において、多能性を有する神経幹細胞と最終分化したニューロンでは異なるメカニズムが用いられていることを見出した(図)。分化初期においてはヒストンの脱アセチル化や脱メチル化などの脱修飾機構や、遺伝子座と核内構造体であるPML bodyの距離の相対的変化などの可逆的プロセスを中心とするのに対し、最終分化においてはDNAメチル化やPML bodyの消失など不可逆的な分子制御機構を用いることで異なるレベルでの抑制状態を作り上げている。 これらはエピジェネティックな分子メカニズムが遺伝子発現そのものよりも、むしろ細胞の可塑性と深く関与する可能性を示唆している。 この研究成果は、 Dev.Biol. 誌10月15日号に発表された。
図 :ES細胞、神経幹細胞そしてニューロンのそれぞれにおいてOct3/4遺伝子座は異なる核内動態およびクロマチン動態を示す。これらは細胞の可塑性と連動している