分野紹介
筋発生再生分野

 筋発生再生分野は2018年12月に発足しました。当分野は,筋生物学を基軸に「骨格筋の難病克服から健康寿命の延伸まで」を目標として掲げ,骨格筋の発生・再生原理を追究することで,さまざまな筋脆弱症に対する医療基盤の創出を目指します。得られた成果は国内外に向けて広く発信していきます。

研究プロジェクト

 骨格筋は,使用頻度や負荷に応じて大きさや代謝様式が変化し,激しい運動や打撲等によって損傷しても速やかに修復・再生される生体内でもユニークな臓器の1つです。骨格筋は,運動器としての役割に加え,体重の4割を占める生体内最大のエネルギー代謝臓器でもあります。したがって,骨格筋の代謝異常は2型糖尿病の発症の引き金になります。骨格筋研究は近年ますます注目されており,その背景として,筋ジストロフィーなどの難病の克服のみならず,ロコモティブシンドロームやメタボリックシンドロームといった現代社会特有の問題が増加の一途を辿っていることが挙げられます。また,疫学研究から,筋量・筋力は,心血管系疾患率,がん発症率,認知能低下率と逆相関し,寿命と正の相関を示すという興味深いエビデンスが蓄積されています。すなわち,骨格筋を健常に保つことは,莫大な医療費の削減と人生100年時代を豊かに生き抜く鍵になるといえます。当分野は,以下2つの研究課題から骨格筋の再生および可塑性の仕組みを理解し,筋脆弱症の新たな介入戦略を構築します。

 

(1)骨格筋幹細胞を標的にした筋再生治療開発

 骨格筋の修復・再生の分子制御機構を解明するために,私たちは骨格筋の幹細胞であるサテライト細胞に着目しています。サテライト細胞は,生後の筋成長,損傷からの筋再生あるいは筋肥大において重要な役割を担います(1)。成熟した骨格筋は比較的安定した組織であるため,サテライト細胞の恒常的な必要性は低く,サテライト細胞は通常,休止期の状態で存在しています。しかし損傷等の刺激が入ると速やかに活性化し,増殖を繰り返します。その後,ほとんどの細胞は筋分化へ運命づけられ,互いにあるいは既存の筋線維へ融合することで最終分化を遂げます。一方,組織幹細胞として幹細胞プールの枯渇を防ぐために,活性化したサテライト細胞の一部は自己複製により再び休止期の状態に戻ります。この自己複製機構により,運動等で筋肉を酷使し損傷を繰り返しても,サテライト細胞は枯渇することなく再生能力を維持できると考えられています。近年,サテライト細胞が保持する強力な筋再構築能が再認識され筋疾患治療に応用が期待される一方(2),筋ジストロフィーやサルコペニアにおいてサテライト細胞の機能自体が低下していることが指摘されています。

 

図1

 

図2

 

 当分野では,筋疾患の病態解明と再生医療応用という両側面からサテライト細研究にアプローチします。具体的には,サテライト細胞を人為的に操作する技術基盤を構築するために,活性化,増殖,分化,自己複製とったサテライト細胞の運命決定を制御する分子メカニズムの解明および疾患におけるその変容の分子機序を明らかにします。また,サテライト細胞の新規培養法や観察手法の開発など,解析技術の改善にも取り組みます。私たちはサテライト細胞には個性(不均一性)があり幹細胞としての機能(ステムネス)を保持する細胞はごく一部の集団に限られること,さらに,骨格筋の部位によってもサテライト細胞の質は大きく異なることを見出しました。そこで,シングルセルレベルでの解析やサテライト細胞の前駆細胞が誕生する胎児発生に辿って解析していくことで,何か重要なヒントが得られると予想しています。幹細胞治療開発が急がれる中,まずはサテライト細胞の運命決定の分子制御機構や不均一性を深く理解することが,未来の再生医療実現に向けた土台作りになると考えます(3)。

 

図3

 

(2)骨格筋の可塑性(肥大-萎縮,代謝適応)の分子基盤

 骨格筋はウエイトトレトーニング等により負荷をかけると肥大し,逆に,長期入院や微小重力環境での生活によって刺激が入らないと萎縮します。また負荷の強度や頻度によりエネルギー代謝様式も大きく変化します。このように骨格筋は可塑性に富んだ組織といえます。しかし筋の可塑性は加齢にともなって低下することが知られています。この原因は不明ですが,私たちはサルコペニアの発症と深く関わっていると考えており,特に加齢筋における肥大適応シグナルの伝達障害に着目して調べています。一方,骨格筋のエネルギー代謝の中心はミトコンドリアであり,筋ミトコンドリアの機能低下は全身性の代謝に影響を与えます。骨格筋は,マイオカインと総称されるさまざまな生理活性因子を血液中へ分泌する内分泌器官でもあり,多臓器に影響を与えることが示されています。最近私たちは筋特異的なミトコンドリアの品質管理を制御する分子が全身性の代謝に影響を与えることを発見しました。今後,この機序にマイオカインを介した可能性を検証するとともに,サルコペニアと2型糖尿病をつなぐメカニズムとしても注目しています。

 これまでの骨格筋研究において性差についてはほとんど議論されてきませんでした。また,骨格筋は全身に広く分布していますが性差と同様に部位による筋機能の特異性についてもあまり検討されていません。私たちはいくつかの筋脆弱症モデルを用いた実験結果から,性差や部位特異性は骨格筋を本質的に理解するためには無視できないファクターであると認識しており,今後はその重要性について実証していきます。

 

大学院生募集

 骨格筋の不思議を私たちと一緒に解き明かしてくれる大学院生を募集しています(医科学専攻修士課程,医学専攻博士課程)。出身学部や経験は問いません。日本学術振興会特別研究員として受け入れ希望の方もお待ちしております。ご興味のある方はお気軽にお問い合わせ下さい。