分野紹介
ゲノム神経学分野
ATR-X 症候群における知的障がいの分子機構の解明と治療候補化合物の発見

Targeting G-quadruplex DNA as cognitive function therapy for ATR-X syndrome

Norifumi Shioda, Yasushi Yabuki, Kouya Yamaguchi, Misaki Onozato, Yue Li, Kenji Kurosawa, Hideyuki Tanabe, Nobuhiko Okamoto, Takumi Era, Hiroshi Sugiyama, Takahito Wada, Kohji Fukunaga. Nature Medicine 24, 802-813. (2018)

 

 

私達は、ATR-X 症候群でみられる知的障がいに有効な治療薬の探索を行いました。その結果、既に市場で安全性に関する情報が整備されている既存薬である「5-アミノレブリン酸」が今まで知られていない薬理作用によりATR-X 症候群モデルマウスの知的障がいに有効であることを発見しました。

私たちの遺伝情報(ヒトゲノム)を司るDNAには、繰り返し配列により「グアニン四重鎖」と呼ばれる特殊な DNA 構造をとる場所が多数存在します。この構造は遺伝子の働きに重要と考えられています。ATRXタンパク質はこの「グアニン四重鎖」に結合し、遺伝子が正常に働くように調節します。5-アミノレブリン酸を服用すると、体内でグアニン四重鎖に作用する物質であるポルフィリンが産生され、 ATRXタンパク質の機能を補うことができることがわかりました。グアニン四重鎖はその他の難治性疾患の病態にも関与しており、今回の発見は新しい創薬標的発見の可能性に寄与することが期待できます。

 

1.背景

ATR-X 症候群 (X連鎖αサラセミア知的障がい症候群) 注1はX 染色体上の責任遺伝子である ATRX の変異により男性のみで発症するX連鎖知的障がい症候群の一つです。主症状として重度の知的障がいが挙げられますが、いまだ治療薬がなく詳しい発症機構も明らかにされていません。日本国内では約 100 症例が診断されており、世界では日本の症例を含め 200 症例以上が診断されています。 ATR-X症候群では ATRX 遺伝子の変異により、ATRX タンパク質が機能していないことが報告されています。また、 ATRX タンパク質は核内クロマチンリモデリング因子 注2 であり、特殊な DNA の構造体であるグアニン四重鎖 注3に結合することで遺伝子の発現を調節することが知られています。しかしながら、なぜ核内で機能する因子である ATRX タンパク質の機能低下が知的障がいの原因になるのか不明でした。本研究グループは、ATR-X 症候群における知的障がいの病態をATR-X 症候群モデルマウスを用いて解析しました。そして、ATR-X 症候群の知的障がいに有効な薬剤の探索を試みました。

 

2.研究成果

1)ATR-X 症候群における知的障がいの分子機構を解明

本研究グループは、学習・記憶に重要な役割を担う脳の海馬領域でATR-X 症候群モデルマウスを用いて網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、X染色体上の母由来インプリント遺伝子注4である Xlr3b が脳特異的に異常に発現が上昇していることを発見しました。本研究グループは、ATRX タンパク質が Xlr3b 遺伝子上流のグアニン四重鎖に結合し、 Xlr3b の DNA メチル化注5を制御することで、Xlr3b の発現を調節していることを明らかにしました。また、Xlr3b の異常な発現上昇が神経細胞の樹状突起 mRNA 輸送注6を抑制することで ATR-X 症候群モデルマウスの神経機能を低下させることを発見しました。

 

2)ATR-X 症候群における知的障がいに有効な薬剤を発見

ATRX タンパク質はグアニン四重鎖に結合し、遺伝子発現を調節することから、グアニン四重鎖が治療標的のひとつとして考えられます。これまで、グアニン四重鎖に結合する物質とてポルフィリン骨格を有する化合物がいくつか知られています。本研究グループは、生体内でポルフィリンを産生することができる安全性の高い薬剤「5-アミノレブリン酸」を ATR-X 症候群モデルマウスに投与し、認知機能に対する薬効評価を行いました。生後 、離乳してから2ヶ月間、長期的に口から飲ませたところ、ATR-X 症候群モデルマウスでみられた認知機能障がいが改善しました。さらに、網羅的遺伝子発現解析の結果、ATR-X 症候群モデルマウス脳において発現異常がみられた遺伝子の約70% を改善することができ、その中に Xlr3b も含まれていました。

 

3.波及効果、今後の予定

本研究では、ATR-X 症候群における知的障がいの分子機構にグアニン四重鎖が関与することを発見し、薬剤「5-アミノレブリン酸」が認知機能障がいの改善に有効であることを確認しました。難治性疾患「ATR-X症候群」の治療に新たな光を投げかける画期的な成果といえます。また、グアニン四重鎖は近年、 C9ORF72 遺伝子のもつ GGGGCC リピート配列の異常伸長による家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)注7等、様々な難治性神経疾患の病態においても注目されています。今回の発見は、こうした難病の新しい創薬標的の可能性にも寄与することが期待できます。

 

 

<用語解説>

  • ATR-X 症候群 (X連鎖αサラセミア知的障がい症候群):男性のみに発症し、特徴的な顔立ち、知的障がい、運動発達の遅れ、αサラセミア、骨格異常、外性器異常、消化管異常を特徴とした難病。
  • クロマチンリモデリング因子:DNAとヒストンタンパク質からなるクロマチンの構造変化による遺伝子発現の制御機構に関与する因子。
  • グアニン四重鎖: DNA や RNA の高次構造の一種。グアニンに富む核酸配列で形成される。4つのグアニンが四量体を作った面(G-カルテット)が2~3面重なった構造体。
  • インプリント遺伝子:父親由来、または母親由来の対立遺伝子のみを発現する遺伝子。親個体の精子や卵子の形成過程において,DNAメチル化などエピジェネティックな標識がゲノムに刷り込まれ、この標識にしたがって次世代の個体で転写調節が行われることで対立遺伝子による遺伝子転写の違いが生じる。
  • DNA メチル化:DNAのシトシン・グアニン配列の部分でシトシンにメチル基がつくこと。遺伝子発現を制御している部分(プロモーター領域等)がメチル化されると、その遺伝子発現が抑制される。X染色体不活性化、ゲノムインプリンティングなど多くの生物現象に関わるエピジェネティクス制御の一つ。
  • 神経細胞の樹状突起 mRNA 輸送:神経細胞で産生される mRNA の内、特定の種類のmRNAのみが樹状突起に輸送されることが知られている。神経細胞において mRNA からのタンパク質への翻訳は細胞体のみならず樹状突起でも行われ、この局所タンパク質合成の破たんは精神発達障がいの原因となりうることが示唆されている。
  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS):重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、筋肉の運動を支配する運動ニューロンが選択的に死滅することで発症する。近年、 C9ORF72遺伝子のイントロン 1 内の 6 塩基くりかえし配列 (GGGGCC)n の異常伸長が、白人の孤発性および家族性筋萎縮性側索硬化症の最も頻度の高い原因であると報告されている。

 

 

細胞内ドパミンD2受容体の新たな生理機能の発見

Endocytosis following dopamine D2 receptor activation is critical for neuronal activity and dendritic spine formation via Rabex-5/PDGFRβ signaling in striatopallidal medium spiny neurons.

Norifumi Shioda, Yasushi Yabuki, Yanyan Wang, Motokazu Uchigashima, Takatoshi Hikida, Toshikuni Sasaoka, Hisashi Mori, Masahiko Watanabe, Masakiyo Sasahara and Kohji Fukunaga Molecular Psychiatry 22,1205-1222. (2017)

1.背景

 私達は細胞内ドパミンD2受容体の新たな生理機能を発見しました。ドパミンは感情・意欲・運動・学習などに関わる重要な神経伝達物質です。ドパミン受容体の中で細胞膜D2受容体は統合失調症や注意欠陥多動性障害の治療薬の標的であり、ドパミンの中枢作用を担っていると考えられています。本研究では細胞内D2受容体の活性化機構とシナプス機能を明らかにしました。

ドパミン受容体は7回膜貫通型のG蛋白質共役型受容体です。ヒトゲノム解析からドパミンD2受容体には統合失調症・パーキンソン病・薬物依存の患者に共通する遺伝子多型が見出されています。しかし、 細胞内ドパミンD2受容体と精神・運動との関わりは不明でした。また、ドパミンD2受容体にはD2L受容体とD2S受容体の2種類の構造の異なる受容体が存在しますが、D2L受容体とD2S受容体の機能的役割の違いは不明です。本研究では、D2L受容体の新しい細胞内シグナル伝達機構を発見し、そのシナプス機能を解明しました。即ち、D2L受容体は細胞膜表面に加えて、細胞内小器官(初期エンドソームとゴルジ装置)に局在し、抗精神病薬による精神安定作用と錐体外路系機能制御に関与することを証明しました。

 

2.研究成果

 Rabex-5 は初期エンドソームの形成に関与する低分子量G蛋白質Rab5の活性化因子です。ドパミンが細胞膜D2L受容体に作用するとD2L受容体とRabex-5、Rab5及び血小板由来増殖因子(PDGF)受容体は初期エンドソームに集積します。ダイナミン依存性のエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれ、初期エンドソーム・ゴルジ装置に局在する細胞内D2L受容体と複合体を形成することで、神経活動とそれに伴った運動機能を制御します。本研究成果は細胞内ドパミン受容体の生理機能を実証した初めての成果であり、細胞内D2L受容体が新しい錐体外路機能調節薬及び精神疾患治療薬の新しい創薬標的であることを示しました。

 

3.波及効果、今後の予定

 細胞内D2L受容体と血小板由来増殖因子(PDGF)受容体の協同による活性化機構は、運動機能よりも精神機能改善に深く関与すると考えられます。実際に細胞内D2L受容体を活性化することで精神疾患治療薬に対する感受性が改善します。本発見により細胞内D2L受容体及び PDGF 受容体の協力作用を目指した精神疾患の新規治療薬の開発が期待できます。