Shiraki, N., Umeda, K., Sakashita, N., Takeya, M., Kume K. and Kume S.
Differentiation of mouse and human ES cells into hepatic lineages.
Genes Cells, Vol.13 issue7, 2008. Published article online: 30-May-2008
doi: 10.1111/j.1365-2443.2008.01201.x
胚性幹( ES )細胞は、個体を構成するすべての組織細胞に分化する能力をもった細胞であり、発生分化のメカニズムを研究するツールとして有用であるだけでなく、再生医療における細胞移植の細胞源としても注目されている。幹細胞制御分野(粂昭苑教授)では、初期内胚葉発生機構の解明を目指して ES 細胞を用いた分化誘導研究を行っている。同分野の白木伸明( COE リサーチ・アソシエイト)らは、すでに ES 細胞から膵前駆細胞を効率よく分化誘導する方法を開発し、 ES 細胞から中内胚葉・内胚葉を介した膵前駆細胞への分化誘導に関与する様々な因子について検討を加えることにも成功している(白木ら , Stem Cells, 2008 )。
今回、白木らは、マウスおよびヒト ES 細胞から同じ内胚葉由来臓器である肝臓の細胞を効率よく分化誘導できる方法を開発した。肝臓は創薬研究において中心的役割を果たす臓器であるが、新薬候補物質の体内での代謝および薬物毒性試験などにおいて、動物肝細胞とヒト肝細胞では物質代謝の大きな違いがあることから、動物実験だけでは毒性と有効性の検定が不可能である。またヒト肝細胞の供給も極めて限定されており、多数の提供者から集められた細胞組織では試験データのばらつきが大きく有意義な結果を得ることは困難である。そこで、ヒト ES 細胞から肝細胞への分化誘導技術が確立できれば、安定したヒト肝細胞の供給が可能となり、創薬研究分野における極めて重要な技術革新となる。
今回の研究では、まず、マウス ES 細胞を用いて培養条件の至適化を行い、先の研究で見いだした膵臓分化誘導条件から、少しずつ培養条件を変えていくことにより、肝臓分化に最適な培養液の組成を決定した(図)。最終的には、アクチビンと塩基性 FGF を除去し、代わりに HGF 、 Dex などを添加することで非常に効率よく肝臓分化を誘導できた。続いて、開発した方法がヒト ES 細胞に応用できるか を検討した。ヒト ES 細胞はマウス ES 細胞と性質が若干異なるため、当初は培養方法 など困難も多かったが、最終的には非常に効率良く肝臓系譜へ分化誘導することに成功した。今回、開発した方法やそこから得られる肝臓細胞を利用することで、肝臓分化機序のさらなる解明や新薬の安全性評価および薬理評価への応用が期待される。この研究成果は Genes to Cells 誌電子版に 5 月 30 日先行掲載された
図 M15 細胞と液性因子の添加を組み合わせることでマウス ES 細胞からの効率的な肝臓分化誘導に成功。Aは膵臓分化誘導条件で培養したもの。 B は今回開発した肝臓分化誘導条件で培養したもの。緑は Pdx1 (膵臓細胞マーカー)陽性細胞、赤は AFP (肝臓細胞マーカー)陽性細胞を示している。