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分  野腎臓発生分野
掲載日2019年1月15日
タイトル
ヒトiPS細胞から腎臓ろ過細胞「ポドサイト」を高純度に誘導することに成功

Yasuhiro Yoshimura, Atsuhiro Taguchi, Shunsuke Tanigawa, Junji Yatsuda, Tomomi Kamba, Satoru Takahashi, Hidetake Kurihara, Masashi Mukoyama, and Ryuichi Nishinakamura. Manipulation of Nephron-Patterning Signals Enables Selective Induction of Podocytes from Human Pluripotent Stem Cells.

J. Am. Soc. Nephrol.  on line Jan 11, 2019

 腎臓は血液をろ過することで、不要な水分や老廃物を尿として排出する臓器です。私たちの血液中には、生体機能の維持に重要なタンパク質がたくさん含まれていますが、健康な腎臓では、このろ過の際にこれらのタンパク質が尿に漏れ出ることはありません。ろ過において最も重要な役割を担っている細胞が、糸球体*1に存在する「ポドサイト」*2という細胞です。ネフローゼ症候群*3や高血圧症、糖尿病といった病気が原因となってポドサイトが障害を受けると、正常なろ過ができなくなってしまいます。その結果、血液中のタンパク質が尿に漏れ出てしまい、タンパク尿という状態になってしまいます(図1)。これまでの研究で、タンパク尿の程度が重い人ほど腎臓の機能がより早く低下し、腎不全に対して透析治療や腎移植が必要になることが明らかとなっています。すなわち、ポドサイトの障害はタンパク尿や腎臓病の進行につながることから、ポドサイトは腎臓病の研究において重要な研究対象のひとつとして注目されていました。
腎臓発生分野(西中村隆一教授)は、これまで世界に先駆けてヒトiPS細胞*4から腎臓組織を試験管内で誘導することに成功し(Cell Stem Cell 2014 & Cell Stem Cell 2017)、患者由来のiPS細胞を用いて試験管内で小児腎臓病の初期病態を再現できることも報告してきました(Stem Cell Reports 2018)。しかし、誘導された腎臓組織には複数種の細胞が含まれており(図2上)、その中でポドサイトが占める割合は約7%にすぎませんでした。またポドサイトやその他の細胞がどのように作り分けられるのかという点も、十分に分かっていませんでした。
今回、同分野の吉村仁宏研究員、太口敦博助教(現ドイツMax Plank Institute研究員)らは、マウス胎仔の腎臓細胞を用いた培養実験によって、WntシグナルとTgf-βシグナルの調整がポドサイトの作り分けに重要であることを見出しました。さらに、この所見を応用することで、ヒトiPS細胞からポドサイトを90%以上の純度で誘導することに成功しました(図2下、図3)。この方法で作られた高純度のポドサイト(誘導ポドサイト)は、これまでの腎臓研究で用いられていた細胞株よりも、ポドサイトに特徴的な遺伝子やタンパク質をはるかに多く発現しており、ヒト成人の生体内に存在するポドサイトに類似したパターンをとっていました。また、この誘導ポドサイトに細胞毒性のある薬剤を投与したところ、生体内のポドサイトが障害を受けた場合と同様の反応がみられました。このことから、誘導ポドサイトが、病気が原因で起こるポドサイト障害の研究や、新規薬剤の細胞毒性の検査などにも応用できる可能性が示されました。
この研究は、腎臓のろ過という生命維持において重要な役割を担うポドサイトがどのように形成されるのかという発生学的知見を示し、さらにヒトiPS細胞からポドサイトへの高純度な誘導法を新たに確立したものです。この技術によって高純度でより多くのポドサイトを作ることが可能となり、腎臓病の仕組みの解明や治療薬開発などの研究が促進されることが期待されます。本研究成果は、Journal of the American Society of Nephrology (アメリカ腎臓学会雑誌) オンライン版に2019年1月11日先行掲載されました。

 

*本研究は、熊本大学の向山政志教授(腎臓内科学)、神波大己教授(泌尿器科学)、順天堂大学の栗原秀剛准教授、筑波大学の高橋智教授らとの共同研究です。
*文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構の支援を受けました。

 

*1 糸球体:腎臓に存在する球状の構造体。血液から尿をろ過する機能を持つ。
*2 ポドサイト:糸球体のろ過機能において最も重要な役割を持つ細胞。血管を覆うように存在し、血液中のタンパク質が尿に漏れ出ないように防いでいる。特殊な突起構造とろ過膜を有する。
*3 ネフローゼ症候群:血液中のタンパク質が尿に漏れ出る病気の状態。タンパク尿と全身の浮腫が見られる。
*4 iPS細胞:皮膚や血液などの細胞から作られた万能細胞。培養方法を調整することで、様々な体細胞に分化できる。

 

1:正常な状態のポドサイトと病気によって障害を受けた状態のポドサイト

ポドサイトが障害をうけると、ろ過の際に血液中のタンパク質が尿中に漏れ出て、タンパク尿が生じる。

 

図2:従来の腎臓組織誘導法と高純度ポドサイト誘導法との比較

 

3:高純度誘導法で作製されたポドサイトの免疫染色

高純度誘導法で作製されたポドサイトは、ポドサイトに特徴的なタンパク質であるNEPHRINやWT1を発現している。スケールバー, 200 µm