分野紹介
筋発生再生分野
1. 骨格筋幹細胞を標的にした筋再生治療法の開発

 骨格筋は損傷しても再生します。この再生には筋線維の周囲に存在するサテライト細胞と呼ばれる骨格筋幹細胞が欠かせません。サテライト細胞は並外れた筋再構築能をもっていることから再生医療への応用が期待されています。サテライト細胞は転写因子であるPax7を発現しており,通常,静止状態(休止期)を維持しています。筋損傷等の刺激が入ると,サテライト細胞は速やかに活性化され,筋分化制御因子MyoDを発現することで筋芽細胞になります。筋芽細胞は分裂を繰り返し,その後,筋分化し,既存の筋線維あるいは互いに融合することで筋線維を再生します。一方,一部の細胞はMyoDを発現低下させ,Pax7発現を維持し,再び休止期の状態に自己複製することでサテライト細胞プールを維持します。サテライト細胞の増殖,分化,自己複製という「運命選択」は巧妙に制御されており,その異常はサルコペニアや筋ジストロフィーなど様々な筋脆弱症と関連するといわれています。当教室は,サテライト細胞の運命選択の分子メカニズムの解明に精力的に取り組んでおり,最近の成果として,BMPシグナル (BMP-Smad1/5-Ids) がサテライト細胞の増殖状態を維持することで再生に十分な前駆細胞を供給し,逆にBMP阻害因子Nogginがそのシグナルを減弱することで,筋再生過程における増殖と分化のバランスを調節すること(Ono et al., J Cell Sci 2009; Ono et al., Cell Death Differ 2011);Notch1とNotch2は協調して休止期サテライト細胞の数を維持するとともに,増殖状態・未分化維持に必須の機能をもつこと (Fujimaki et al., Stem Cells 2018);がん生物学分野で注目される細胞極性因子の1つであるScribは,サテライト細胞の非対称性分裂を介し運命選択を発現量依存的にコントロールすること (1Ono et al., Cell Rep 2015) などを報告しています。また,個々のサテライト細胞には不均一性がありステムネスを保持する細胞はごく一部の集団に限られていることを見出しました (Ono et al., Dev Biol 2010; Ono et al., J Cell Sci 2012; Kitajima et al., Method Mol Biol 2016)。

 

図1

 

 内因性のPax7タンパク質をYFPで可視化するために,Pax7とYFPの融合タンパク質を発現するPax7-YFPノックインマウスの作出に成功しました (図2.Kitajima an Ono Skelet Muscle 2018)。Pax7タンパク質の発現ダイナミクスや機能解析に応用できるとともに,未分化サテライト細胞のイメージングやFACS分離が可能になり,今後,サテライト細胞研究の強力な解析ツールになると期待されます。

 

図2

2. 骨格筋の部位特異性の分子基盤

 加齢にともなう筋量・筋力の減少は,いわゆる加齢現象のひとつとして考えられてきました。今日ではこれを「サルコペニア」と定義し,その予防・治療法の開発が喫緊の課題となりました。サルコペニアを発症すると日常生活動作 (ADL) が困難になり,さらに転倒骨折からの要介護リスクが増大します。我が国をはじめ世界的にも高齢化が急速に進み,介護医療費は増加の一途を辿っています。加齢にともなって増加するのは「がん」です。がんも末期になると骨格筋量は急激に減少し,がんカヘキシアと呼ばれる状態に陥ります。現在,がんカヘキシアもサルコペニア同様に治療法はありません。興味深いことに,サルコペニアやがんカヘキシアは全身の骨格筋が一様に萎縮するわけではなく,あまり影響が出ない部位が存在します。また,筋ジストロフィーにおいても病態表出に部位特異性があることがわかっています。我々は,サテライト細胞の運命選択のタイミングや遺伝子発現パターンは骨格筋の部位により大きく異なることを報告しています(Ono et al., Dev Biol 2010)。今後,サテライト細胞の部位特異的な分子特性を解明し,筋脆弱症に対する新たな治療戦略を創出します。

3. 骨格筋可塑性の分子メカニズムの解明

 骨格筋は使用頻度や負荷に応じて大きさや代謝様式を柔軟に変えることができる可塑性に富む臓器です。持久系トレーニングは主に遅筋線維の適応を誘導し,瞬発系トレーニングでは主に速筋線維が変化します。また,骨格筋は負荷をかけると肥大する一方,長期入院等により刺激が入らないと萎縮が誘導されます。近年,この可塑性を制御するメカニズムについては少しずつ明らかになってきました。我々もそのメカニズムの一端として,ホルモンやその抹消調節が骨格筋の可塑性に影響を与えることを報告しています。たとえば,マウス骨格筋に発現するμ-クリスタリン (Crym) 遺伝子を欠損させると,速筋線維が肥大し,握力や走力などの運動機能が増強します (Seko et al. FASEB J 2015)。Crym欠損マウスは,筋機能の増強以外に他の臓器等に異常を観察しないため,Crymを標的にした筋疾患に対する創薬への応用も期待されます。

4. 筋エネルギー代謝から全身代謝制御

骨格筋は運動器としての機能に加え,生体内最大の「エネルギー代謝臓器」でもあります。それゆえ骨格筋のエネルギー代謝異常は,2型糖尿病などの代謝性疾患の発症の引き金になります。我々は筋ミトコンドリアに着目し,ミトコンドリアの品質管理を制御する分子メカニズムの解明に取り組んでいます。探索研究から骨格筋特異的かつ部位特異的遺伝子として同定したZmynd17遺伝子について欠損マウスを作出して解析したところ,Zmynd17は速筋における筋ミトコンドリアの品質管理に重要であることを発見しました (図3.Fujita et al., FASEB J 2018)。Zmynd17欠損マウスは成長に大きな異常は認められませんが,加齢や高脂肪食負荷により全身性の糖代謝異常や運動能力は野生型に比べ顕著に低下しました。速筋特異的にミトコンドリアの品質管理を制御する遺伝子としては本研究が初めての報告であり,Zmynd17の機能低下は運動能力や2型糖尿病などの代謝異常症と関連する可能性が示唆されます。

 

図3

5. 筋機能維持における性差

 女性ホルモンであるエストロゲンは様々な組織恒常性を維持しています。したがって,無月経や閉経で誘導されるエストロゲン濃度の低下は,様々な病態の引き金となります。我々は女性特有の筋機能維持のメカニズムとして,エストロゲンが筋力維持やサテライト細胞による筋再生に重要であることを明らかにしました(Kitajima and Ono, J Endocrenol 2016)。現在,エストロゲン受容体の働きに着目し,筋再生や筋可塑性の性差の理解について取り組むとともに,栄養介入の可能性についても検討しています(Kitajima et al., Nutrients 2017)。