分野紹介
細胞医学分野

 当分野では、生命現象およびヒト疾患(がん、生活習慣病)について、エピジェネティクス機構と細胞核の観点から、基礎研究および臨床応用を推進しています。幹細胞・がん細胞とは何か、発生・再生や発がんのプロセスに何が起こっているか、遺伝子・タンパク質機能はいかに発現するのか、細胞核の仕組みとは何か、エピジェネティックな細胞制御を解明することに挑戦します。

 大学院生(熊本大学大学院医学教育部)や研究員・共同研究者を広く募集しております。基本的な活動理念は、「ひと」と「学問」を育てることです。MJC(Monday Journal Club)とFJC(Friday Journal Club)は私達の教育研究活動の歩みです(2005年2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年2016年2017年)。また、これからの大学院が果たす役割について一緒に考えましょう(大学院で学ぶ)。当分野の活動に興味を持たれる方、熱意をもって研究参加される方はご連絡ください。

 

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研究プロジェクト

 「エピジェネティクス」は、ゲノム上の全ての遺伝子の働き方を調節する仕組み、すなわち、「生命のプログラム」と言うことができます。DNAのメチル化、ヒストンの修飾、クロマチンの形成で印付けられたゲノムを「エピゲノム」とよび、この印付けに従って、ゲノム上の遺伝子は選択的に働いています。幹細胞の分化、iPS細胞への初期化、老化、癌化では、それぞれ、エピジェネティックにリプログラムされます。さらに、エピゲノムは毎日の栄養や環境因子の影響を受けて、新たな印付けとしてゆっくりと記憶されていきます(エピゲノム記憶)。多くの病気は、生命のプログラムの誤りと考えることもできるでしょう。エピジェネティクスの観点から、がん、生活習慣病、炎症、発生分化や老化の研究に挑戦しています。そして、細分化した現代の医学・生命科学を統合的に理解することを目指しています。

 

【概要図】エピジェネティックな生命現象

【図1】エピゲノムによる細胞の維持・変換

 

【図2】エピゲノムと環境因子の作用 

 

 

 

1. エピゲノムと遺伝子制御の分子基盤 
 DNAのメチル化は、哺乳類ゲノムの転写抑制とヘテロクロマチン形成を主に担っていますが、その分子機序はまだ不明でした。メチル化DNA結合タンパク質MBD1がメチル化DNAに結合する構造と機能、MBD1がヒストンH3の9番目リジン(H3K9)のトリメチル化複合体(メチル化酵素SETDB1と共役因子MCAF1/ATF7IP)をリクルートして、転写抑制とヘテロクロマチン形成に働くことを報告しました。つまり、DNAメチル化からH3K9トリメチル化への経路を明らかにしました(Cell, 2001; MCB, 2003)。
 高次のクロマチンレベルの制御が、組織特異的、発生特異的、状況特異的に特定の遺伝子群が選択的に発現することを可能にしています。この機構には未知の点がありますが、遺伝子のプロモーター、エンハンサー、インスレーターの時空間的な相互作用が重要な役割を果たすと考えられます。インスレーター結合因子CTCF(CCCTC結合因子)が染色体連結に関わるコヒーシン複合体(RAD21など)とヒトゲノム上で共在することを明らかにしました。また、ゲノム境界を形成するインスレーターの分子機構として、CTCFがクロマチンリモデリング因子CHD8と協働してインスレーター機能を果たすことを報告しました(Mol Cell, 2006; Nature, 2008)。

 

【図3】高次のエピゲノムの仕組み

 

2. エネルギー代謝のエピジェネティクス

リジン特異的脱メチル化酵素LSD1の役割:
 栄養状態がエネルギー代謝調節に関わる遺伝子群の発現に影響すると考えられますが、そのエピジェネティック制御は明らかではありません。エネルギー代謝恒常性の機構に、フラビン(FAD:flavin adenosine dinucleotide)依存性のリジン特異的脱メチル化酵素LSD1が重要な役割を果たすことを見出しました。脂肪細胞および高脂肪食で誘導した肥満マウスにおいて、LSD1複合体がエネルギー消費遺伝子群(ミトコンドリア呼吸、脂肪分解)の発現を抑制することを発見し、LSD1阻害によるエネルギー代謝の向上が期待できることを報告しました(Nat Commun, 2012)。
 脂肪細胞の知見をもとに、肝臓、骨格筋、血液細胞、神経細胞におけるエネルギー代謝のエピジェネティック制御について明らかにしています。また、LSD1が多くの組織由来のがん細胞で高発現することから、好気的解糖(Warburg効果)のがん代謝に関わることを見出しました(Cancer Res, 2015)。もうひとつのLSD2については、肝臓の脂肪代謝制御を明らかにしています(MCB, 2015)。
 骨格筋分化では、LSD1が遅筋遺伝子群とミトコンドリア呼吸遺伝子群を抑制し、その結果、速筋分化を促進することを報告しました(Nucleic Acids Res, 2018)。LSD1の分解を促すグルココルチコイド(ステロイドホルモン)とLSD1阻害剤を組み合わせて、遅筋分化とミトコンドリア呼吸が増強することを見出しています。

 

【図4】LSD1によるエネルギー代謝調節

【図5】各臓器の代謝・分化の制御

 

 

3. がんと炎症のエピジェネティクス

乳がんの治療抵抗性の機序と応用:
 乳がんの約70%はエストロゲンに依存して増殖するため、エストロゲンを阻害するホルモン療法が有効ですが、その後に治療抵抗性のがんが再発することが重大な課題です。エストロゲン受容体ERをコードするESR1遺伝子が高発現することが要因のひとつですが、その機序は不明でした。ヒト乳がん細胞株をエストロゲン枯渇下で4ヶ月以上に長期培養して、エストロゲン非依存的な増殖を獲得するという培養系(LTED)を用いました。LTED細胞とER陽性乳がん組織では、ESR1遺伝子座から新規の長鎖非コードRNA群「エレノア(Eleanor)」が高く発現し、その近傍に転写活性なドメインを形成することが分かりました(Nat Commun, 2015)。乳がんのホルモン療法耐性化に関する臨床共同研究を通して、従来にない診断・予防・治療法の開発を進めています(Trends Cancer, 2018)。

 

【図6】ER陽性乳がんとホルモン療法のモデル

 

炎症メモリーによる免疫応答:
 病原体から自己を守ることは、健康の維持に欠かせません。その担い手には、病原体の構成成分を認識して直ぐに誘導される「自然免疫」、自然免疫の後に病原体を特異的に認識して長期に働く「獲得免疫」があります。獲得免疫の免疫記憶はよく知られていますが、自然免疫もまた抗原に対する記憶をもっていると考えられます。代表的な2つの現象として、1)病原体感染によって、1回目よりも2回目に強く反応するという「訓練された自然免疫」、2)細菌由来の微量のエンドトキシンの前投与によって、その後のエンドトキシン投与に対する耐性を示すという「エンドトキシン・トレランス」があります。これらのエピゲノム機構は不明であることから、分子レベルの解明を進めています。

 

【図7】炎症メモリーの形成

 

4. 細胞分化と老化のエピジェネティクス

 細胞増殖を阻害するINK4/ARF 遺伝子群(p16, ARFタンパク質をコード)は細胞老化で発現が誘導され、これらの発現制御にCTCF依存性のクロマチン・ループの形成が必要であることを報告しました(Aging Cell, 2012)。
 核小体(エネルギー消費部位:リボソームDNA遺伝子群が集積する)、ミトコンドリア(エネルギー産生部位)に関わる未知のエピゲノム分子・経路を解析しています。合わせて約800のエピゲノム因子に対するsiRNAライブラリーを用いて、核小体・ミトコンドリアの形態・機能変化を探索しました。約20の有力因子を選定したところ、多くの単独阻害によってヒト線維芽細胞の細胞老化を誘導することが分かり、その中で転写因子とヒストン修飾酵素の機能を調べています。メチル化酵素SETD8/PR-Set7(ヒストンH4K20me1のメチル化)の阻害による細胞老化、代謝リモデリングにおける役割が分かり、“細胞老化を防ぐ酵素”として報告しました(Aging Cell, 2015; Cell Rep, 2017)。

 

 

【図8】細胞老化とエピゲノム酵素

 

 「DoHaD説」(健康と病気の発生期起源説)では、胎児という発生期に、低栄養に曝された場合、低出生体重で生まれて、その後の成人期に肥満・糖尿病・心疾患に罹りやすいという疫学データに基づいています。そのメカニズムは実証されていませんが、「即時の応答」として、蓄えた栄養分を消費し、身体の成長を抑えて、体内の器官を成熟させる(低出生体重)。また「予測の応答」として、将来の飢餓に備えるために、栄養を蓄えるエピゲノムを形成する。つまり、即時の応答で生命を維持し、その後の飢餓に対して予測の応答で備える可能性を考えています。
生後も飢餓の環境であれば、有利に働くでしょう。ところが、生後に過剰の栄養を取る場合、予測は外れて、むしろ環境に対して不適合になります。中性脂肪として皮下や内臓の脂肪組織に蓄積され、肥満・糖尿病などの生活習慣病に罹りやすい。つまり、エピゲノムの記憶は、将来の環境に適合すれば有益であるが、一方、不適合になると不利益になる可能性があると考えられます。

 

【図9】DOHaD説のモデル

 

5. 細胞核の構造・機能と細胞診断

 細胞核内には多種多様な核内ドメインが存在しており、これらのドメインは時空間・状況に応じてダイナミックに集合・離散する分子集合体になります。染色体領域(染色体テリトリー)と染色体間領域に分けられます。さらに、転写の場である転写ファクトリー、転写が不活化なヘテロクロマチン、さらに核小体、核スペックル(クロマチン間顆粒群)、PMLボディー、ポリコームボディーなどが挙げられます。

 

【図10】細胞核内構造体の形成

 

 血清刺激下のPMLボディーの形成、ポリコームによるヘテロクロマチンの形成、核スペックルにおける選択的スプライシング、核小体の形成機構、RNAクラウドなどについて明らかにしてきました(JBC, 2008; Mol Biol Cell, 2012)。

 Job Dekker博士らが開発した染色体コンフォメーション捕捉法(chromosome conformation capture:3C)を用いて、細胞核内における特定のゲノム部位間の相互作用(相対的な距離)を検出できます。この3C技術を用いて、ヒト遺伝子座(アポリポタンパク質APO A1/C3/A4/A5、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子INK4/ARF、炎症性サイトカインTNF/LT、体節形成のマスター因子HOXA)の高次エピゲノム解析を行い、これらの遺伝子座のエンハンサー(E)、プロモーター(P)、インスレーター(I)等の相互作用を明らかにしました。この相互作用をE-P-Iインターアクションと呼んでいます(EMBO J, 2009; MCB, 2012; Aging Cell, 2012; Hum Mol Genet, 2016)。

 

【図11】高次のエピゲノムの階層性

 

 エピゲノムと細胞核の解析、RNA・タンパク質の発現解析、イメージング技術およびパターン認識・分類ソフトウエアwndchrm解析(weighted neighbour distances using a compound hierarchy of algorithms representing morphology)、エネルギー代謝の解析、マウス個体レベルの表現型解析など、各種の手法を組み合わせて、基礎研究から臨床橋渡し研究に繋がる工夫を重ねています。

 

 

 

 

 

 

 

 

「 大学院で学ぶ 」

 

熊本大学大学院医学教育部は平成15年4月に新編成されて、大学院博士課程および修士課程から構成されています。私達の研究室は、細胞医学分野を担当しています。

 

— 教育・研究の基本ビジョン —

 

 “ひとつの個体内で多様に分化した体細胞、幹細胞、異常な場合の不死化細胞、がん細胞は基本的に同一のゲノムを有する。生殖細胞は遺伝情報をリプログラミングして次世代に継承している。これらは、ゲノム上の遺伝子機能を選択的に活用すること(エピジェネティクス)で細胞個性が確立・維持・消去されることを意味する。分子レベルでは、DNA メチル化、クロマチン、タンパク質の翻訳後修飾、細胞核動態で主に調節されている。このような視点から、発生・再生・がんなどの生命現象、医学・薬学分野に関する教育と基礎・応用研究を推進する。“
 私達の研究室では、「ひと」と「学問」を育てることを中心に置いており、研究室のレベルは大学院学生が到達するレベルで決まると考えています。バックグラウンドが異なるヘテロな集団から成り立ち、ひとりひとりの個性と能力、そして研究活動が自然な形で高められるような環境づくりを目指しています。「ひと」の能力や可能性は自分でも分からないもので、それを発揮できる環境に身を置くことで初めて開花することが多いものです。多くの「ひと」が育つと、コロニーの数と大きさが増えるように、それぞれの「学問」が進んでいきます。このようなインキュベーションの最初の土壤が「大学院」の役割であると考えています。

 

・大学と大学院
 大学教育では、膨大な基礎・専門知識を消化・吸収することに重点が置かれています。大学院では、未知の事象を自ら発見して、学問の中に新たに位置づける立場になります。目的のテーマを多面的に考えて、人とディスカッションを繰り返し、独自のアイデアと堅実な理論のもとに研究を行います。新しい発想が出てくるプロセスを皆で共有することができます。興味と集中力、モチベーションをもてば、若いパワーと相まって、生命科学を直接に推進できます。

 

・生命科学の流れ
 21世紀は知の時代と言われています。生命科学が人文・社会科学、理工学、医学・薬学など多分野を統合しながら展開しています。ゲノム、RNA、タンパク質、分子間相互作用、モデル生物、生命現象、データベースの研究が拡大しています。この流れの中、生命の本質に迫る重要なテーマに関して真正面から取り組むことを求められています。未来に向かって発展を続けるテーマを選び、さらに医学・薬学・産業・科学技術等に貢献する研究に取り組みたいものです。

 

・自己を高める
 大学院では、知識や技術を身につけるだけでなく、未知の課題に挑戦するプロセスで思考過程を根本的に鍛錬することができます。研究活動には困難が伴いますが、新知見を自ら発見する感動と楽しみ、学問としての生命科学の意義を実感できます。国際的に一流の研究者の論文・学会発表に触れて、自分の研究を同一視することで、思考と論理、あらゆる能力が格段に強化されます。尊敬できる mentor との出会いがあれば、人間性の成熟を深めることになります。

 

・熊本という環境
 創造的にサイエンスに取り組む時、それを支える生活環境が極めて大切な役割をもっています。言い換えれば、大学のある都市は、若く感受性の鋭い世代にとって多角的な魅力と適度な刺激のある場所である必要があります。欧米の有力な大学に見られるように、その土地の社会と歴史、自然と共生する一体感が望まれます。最新情報がリアルタイムで行き来する時代に、熊本と熊本大学には、雑多な都会にはない高質の環境と学問に集中できる素地が備わっています。

 

(平成15年7月1日 中尾光善)