分野紹介
染色体制御分野

着任の挨拶
 当分野は2016年9月に立ち上がったばかりの新しい研究室です。私は長年、任期付きのポスドク、助教、講師を経験して参りました。そして今もなお、タイミング良く職を得て研究を継続していくことの難しさを強く認識しております。この度、発生研において染色体制御分野を新設する機会を得たことはこの上ない僥倖であると思っております。まさにドイツの社会学者マックス・ウェーバーの著書「職業としての学問」(訳:岩波文庫)に出てくる一節が思い起こされます。「若い学者にとって職業としての学問は就職および昇進において「僥倖」に支配されている。・・・・・」そこでは、当時の大学制度において、職を得ることは思いもかけぬ偶然によって支えられていること、また同僚の就職や昇進をよそ目に己の精神を如何にコントロールし学問に没頭できるかが、職業としての学問を続ける上での資質であると説いております。今から100年も前に記されたものですが、いまの自分を取り巻く境遇と相重なるものを感じております。
 近年、大学院進学率は軒並み減少傾向にある状況です。その背景には博士取得後の先行きの見えない将来の職についての不安などから、研究への魅力が薄れてきていることも一因にあるのかもしれません。私に微力ながら出来ることがあるとしたら、まず研究の場に触れるきっかけを作ること、そして考え思い巡らす研究活動が収入や社会ステータスのような尺度では計り知れないものであることを伝えることだと思います。震災に見舞われながらも、今まさに底力を以て起ち上がらんとする発生研から大いに発信できるような研究と教育活動に邁進する所存です。

 

当分野への研究参加
 研究室は小規模ですが、濃密かつ出口のはっきりした実効性のある研究・教育活動を目指しています。我々は分子生物学、細胞生物学、生化学、発生生物学に幅広く跨がる領域を指向しており、出身学部やこれまでの研究バックグラウンドを問いません。むしろ無知であることを恥ずかしがらないこと、経験にとらわれず柔軟であること、怖いもの知らずであることは、新しいことに挑戦する研究者としての重要な資質だと思います。研究は頭を使うことも大事ですが、時にひたむきに気合いと根性で突き進む力業も大事であると考えます。意欲ある大学院生、研究員、基礎研究に関心のある臨床医、社会人経験者などの方々の積極的な参加を歓迎致します。大学院生は、大学院医学教育部 医科学専攻(修士課程)または医学専攻(博士課程)から受け入れております。日本学術振興会特別研究員としての参加についてもご相談に応じます。当分野の研究内容に興味のある方はお問い合わせ下さい。

 

抗体作成のご相談について

 

研究プロジェクト

研究目標
 当染色体制御分野では高等動物の減数分裂における染色体構築とその制御のメカニズムについて研究を推進します。染色体構成の次世代への正確な継承と初期胚の正常発生の観点から、減数分裂は生殖細胞に特有かつ極めて重要なイベントです。とりわけ、当分野では以下に記す3つの角度から基礎研究を行います。内容的には高齢出産、少子化の観点で、医学分野のみならず社会的にも強くアピールできる研究課題であると考えます。
 いずれの研究テーマに関しても、新規の未解析因子を見つけ出すことを重視します。注目すべき生物学的現象には必ず競争相手や先行研究を行った研究者が存在します。よって分野のパラダイムシフトには、missing linkを埋める新規因子の同定によって新しく現象を説明することが、重要な研究スタンスであると考えます。これまでの研究経験から、生殖細胞を見渡しただけでもデータベースに眠る未解析因子は相当数残されており、まだまだ発掘の余地があると考えられます。
 生殖細胞の研究を行うにあたって念頭におくべきことがあります。それは、あらゆる生物種に共通する原理的な保存性と、生物種に固有のメカニズムが存在するということです。先行研究やこれまでの私自身の研究経験から、高等動物の減数分裂に特有で他の種には見られない現象があることや、アミノ酸配列上はまったく相同性のないものが高等動物とそれ以外の種で似た役割を果たす事例が見出されています。特に、生殖細胞には種にユニークな機構が備わっている例が多く知られることからも当分野では主にマウスを用いた研究を行います。高等動物では、酵母、ショウジョウバエ、線虫のような変異体取得の遺伝学的スクリーニング手法が容易に適用できないため、当分野の目指すハードルは高く、また国際的にも攻め倦んでいる状況です。しかしながらヒトの不妊・不育などのメカニズムを考えた場合には、ヒトの疾患の原因解明に道筋をつけるためにも敢えてマウス個体や胚性幹細胞を用いることに本研究を行う意義があると考えます。発生研という質の高い研究環境と近隣の優れた研究施設の地の利を活かして、究極的には医学系大学院・臨床講座との連携によって生殖医療にも資するように、減数分裂の分子機構の解明を目指します。

 

 

研究内容
(1)体細胞増殖から減数分裂への切り替え制御に関する研究
マウスの場合、減数分裂に進行する前段階では、未分化型・幹細胞型の生殖細胞(♀胎児期始原生殖細胞、成体♂精原細胞)が存在する。この未分化型・幹細胞型の生殖細胞は体細胞型の増殖を経た後に、その一部の集団がspontaneousに減数第一分裂のpre-meiotic S期へと進行する(図1)。この時、STRA8と呼ばれる未だ正体不明の因子の発現と生殖細胞に特異的な複数のRNA結合因子による正または負の制御によって体細胞型増殖から減数分裂型cell cycleへの切り替えが起きていると推測されるが、その分子機構は多くの点が不明のままである。特にこの減数第一分裂への移行期においては染色体構造が減数分裂仕様に再構成されると推測され、染色体制御を理解する上でキーとなるステージであるにもかかわらず材料の量的・数的な制限のため研究は膠着している。本研究では体細胞増殖→減数分裂への遷移期に該当する生殖細胞集団を効率良く分離する手法を確立し、特異的発現を示すタンパク質のスクリーニングを行って、減数分裂誘導に決定的な分子機構の解明を目指す。

 

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(2)減数分裂型細胞周期と染色体制御に関する研究
 本研究では体細胞型と減数分裂型の細胞周期の制御機構の違いを見出すことを究極の課題とする。生殖細胞は通常の体細胞と同様の細胞周期の機構を巧みに転用しながらも、染色体構造に減数分裂特異性が与えられるようにプログラムされている。減数分裂を細胞周期調節という観点から体細胞と比較すると、両者は様々な点で異なっている。例えば減数第一分裂前期(meiotic prophase I)と呼ばれる時期は、通常の体細胞の細胞周期のG2期に相当する(図1)。このmeiotic prophase Iは、そのタイムスパンが通常の細胞周期G2期と比べて際だって長いこと(精母細胞でおよそ7-8日にも及ぶ)が特徴で、染色体上の様々なイベントを達成させる猶予を与える期間であると考えられる。さらに、第一分裂M期が完了しても次のS期が開始されずに直ちに第二分裂M期へ進行する点も、通常の細胞周期と極めて異なる特徴の一つである。このように細胞周期の調節は減数分裂仕様に大幅に特殊化されていると推測されるが、この分子機構はほとんど理解されていない。
 体細胞で見られる細胞周期調節が染色体の動態に決定的な役割を果たしていることからも明白であるように、減数分裂における細胞周期調節の観点から染色体制御を理解することが重要となろう。本研究では、細胞周期の進行に重要とされるユビキチンリガーゼ複合体の減数分裂の素過程における働きを酵素・基質・調節の観点から研究する。

 

(3) 減数分裂におけるコヒーシンの制御
コヒーシンはS期で複製された姉妹染色分体がばらばらとならないように、それらの接着に働くタンパク質複合体である。さらに体細胞においては、コヒーシン複合体はインスレータータンパク質と協調して遠方のエンハンサーとプロモーターとを手繰り寄せるようにして、遺伝子発現の調節に働くことも知られている。
 重要なことに、このコヒーシン複合体には体細胞型と減数分裂型の使い分けがある。すなわち、体細胞ではRAD21をサブユニットとして含むコヒーシン複合体があるのに対して、減数分裂では、RAD21LまたはREC8をサブユニットとして含むものが存在する。この減数分裂型コヒーシン複合体は、姉妹染色分体接着のみならず、体細胞では見られない減数分裂に特有の染色体構造の骨組みとしても極めて重要な役割を果たしている(図2)。奇しくも、減数分裂型コヒーシンを体細胞に強制発現させても染色体上にはロードされないことが分かっている。このことは、体細胞の染色体上には減数分裂型のRAD21LおよびREC8コヒーシンを適切にローディングするための土台が欠けていることを示唆する。
 本研究課題では、上記(1)(2)の研究課題と連携して、この減数分裂型コヒーシンのローディングをライセンスする機構の解明を目指す。とりわけpre-meiotic S期は減数分裂型コヒーシンが染色体上に検出される最初の時期である。この時期には、染色体の減数分裂仕様に向けた再構成が行われているものと推測されるので、減数分裂型コヒーシンを制御する新たなクロマチン結合因子が見出されないか検討する。

 

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抗体作成のご相談について

 

 発生研ではリエゾンラボの専門スタッフとの連携や共通機器による強力なサポート体制に支えられた環境下で研究できることが大きな強みです。さらに研究室間相互に情報共有をする場が設けられており情報交換が積極的に行われているのも特色のひとつではないかと思います。したがって、新しい実験系に取り組むにあたって比較的ハードルを感じることなく研究を遂行できます。そこで当研究室でも幅広い分野でgeneralに貢献出来ることはないか検討致しました。
 当方は抗体作成において独自のノウハウと免疫グロブリン遺伝子再構成に関する研究経験があります。これまでも時々他所からのご相談に応じておりました。抗体は免疫染色、ウエスタンブロット、IP、ChIPなどタンパク質の素性を明らかにするのに欠かせない極めて重要な研究ツールのひとつです。特に近年のNGSのような大規模データから重要な情報を抽出する過程において、なほざりにすることのできない必須ツールであると考えます。
 市販の抗体が手に入らない、市販の抗体の特異性が低い、種によるエピトープのアミノ酸配列の違いでクロスしない、などの経験があるかもしれません。せっかく高額で外注したペプチド抗体が満足のいくスペックが得られずに無理矢理使わざるを得ない、あるいは諦めるような場面もあるかもしれません。
 当研究室では、とりわけ以下のような性質のタンパク質や要望に対するポリクロ抗体の作成について当方の経験に基づいたアドバイスと技術を提供致します。また作成過程についても実技指導致します。

 

(1)不溶性・難溶性タンパク質(大腸菌で発現させるとinclusion bodyにいく)
(2)ChIPのようなSDS変性条件で目的タンパク質の沈降を必要とする
(3)特異性をあげるためにaffinityの高いIgGを精製したい
(4)多重染色の目的で別の種で免疫されたする抗体が必要なので抗原を大量に得たい
(5)まったくの未解析因子(データベース上のrikenクローンやhypothetical geneなど)に対する抗体がほしい
(6)アミノ酸配列の似たタンパク質を区別できる抗体がほしい

 

古くからある技術ですが、意外と自分でデザインして作製したことのある研究者は少ないようです。当方100%の成功を保証するわけではありませんが、低コスト・自前で作ってみたい、系を立ち上げたい、とにかく急いで作りたいというご要望にお応えします。多少の力わざを要することもありますが、これを乗り越えて研究を進めたいという大学院生や研究者のお力添えになれれば幸いです。発生研のみならず近隣他部局の研究者にもお役に立てればと考えていますので、お気軽にご相談下さい。