Shohei Kuraoka, Shunsuke Tanigawa, Atsuhiro Taguchi, Akitsu Hotta, Hitoshi Nakazato, Kenji Osafune, Akio Kobayashi, Ryuichi Nishinakamura. PKD1-dependent renal cystogenesis in human induced pluripotent stem cell-derived ureteric bud/collecting duct organoids. Journal of the American Society of Nephrology, in press (2020)
常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)は両側の腎臓に多発性の嚢胞が発生する病気です。PKD遺伝子の変異が原因となる遺伝性腎疾患であり、父親と母親から1つずつ受け継ぐ遺伝子のうち、片方(ヘテロ)もしくは両方(ホモ)の遺伝子に変異があると発症します。ADPKDの原因遺伝子としてはPKD1遺伝子とPKD2遺伝子の2つがあり、ADPKD患者の約85%はPKD1遺伝子のヘテロ変異、残りの約15%はPKD2遺伝子のヘテロ変異によって引き起こされます。PKD1遺伝子のヘテロ変異を持つ患者の方がより重症な経過をたどり、腎嚢胞の進行によって60歳までに約半数が腎不全となります。ADPKD発症のメカニズムは、これまで主にマウスを使って研究されてきましたが、PKD1遺伝子のヘテロ変異を持つマウスでは、成体になってもわずかに腎嚢胞がみられる程度でヒトの症状を再現することができていませんでした。
腎臓はネフロン前駆細胞と尿管芽と呼ばれる2つの前駆細胞集団が相互作用することによって発生し、ネフロン前駆細胞は尿中の塩分・水分の再吸収を行う尿細管などへ、尿管芽は尿細管からの尿を集めて更に水分の再吸収を行う集合管へと分化していきます(図1)。ADPKDの嚢胞は腎臓内の尿細管や集合管から発生しますが、集合管から生じた嚢胞が主体と言われています。2014年にヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞を経由して尿細管等を誘導する方法が、西中村教授らの研究グループから報告されました(Taguchi et al., Cell Stem Cell, 2014)。これはオルガノイドと呼ばれる実際の生体内と同等の機能を持つ臓器・組織を培養皿上で人工的に誘導して作りだす手法で、患者と同じ遺伝子変異の効果を解析するのに有効とされています。その後、いくつかの研究グループがPKD1遺伝子のホモ変異を持ったヒトiPS細胞から尿細管由来の嚢胞を再現することに成功しましたが、集合管由来の嚢胞については再現できていませんでした。また、これまでの方法では、遺伝子変異のない正常なiPS細胞からも嚢胞が形成されてしまい、PKD1遺伝子のヘテロ変異を持つADPKD患者由来のiPS細胞から病態を再現することもできていませんでした。
腎臓発生分野・大学院生・倉岡将平(熊本大学大学院 小児科所属)は西中村教授らの研究グループが以前に開発したヒトiPS細胞から尿管芽を経由して集合管を誘導する方法(Taguchi et al., Cell Stem Cell, 2017)を利用して、集合管由来の嚢胞再現を試みました。ADPKDの嚢胞を再現するために、両方のPKD1遺伝子に変異を持つiPS細胞(ホモ変異iPS細胞)と片方のPKD1遺伝子にのみ変異を持つiPS細胞(ヘテロ変異iPS細胞)を作成しました。まずは、これらのiPS細胞から尿細管へと誘導しました。これにフォルスコリンという薬剤を投与すると、ADPKDの嚢胞の憎悪因子であるcAMPが活性化し、これまでの報告と同様に尿細管嚢胞が再現されました。但し遺伝子変異のない尿細管からも軽度の嚢胞が形成されてしまいました。
次に、集合管に誘導してフォルスコリンを投与したところ、PKD1ホモ変異を持つ集合管から嚢胞が形成されました(図2、3)。一方、遺伝子変異のない集合管からは嚢胞が形成されず、フォルスコリンへの反応性が尿細管とは異なるということが分かりました。さらに、集合管に作用するホルモン「バゾプレッシン」の受容体の発現を確認したところ、集合管でのみ発現していることが分かりました。ADPKDではバゾプレッシンが集合管由来の嚢胞を増悪させることが分かっています。そこで、誘導した集合管および尿細管にバゾプレッシンを投与したところ、低頻度ながらPKD1ホモ変異を伴う集合管だけで嚢胞が形成されることが確認されました(図4)。
また、PKD1ヘテロ変異を伴う集合管からもフォルスコリンを投与することで一部に嚢胞が形成されました(図2)。そこで、PKD1遺伝子にヘテロ変異を持つADPKD患者から作成されたiPS細胞を使って集合管を誘導したところ、同様に嚢胞が形成されることが分かりました(図2)。これは患者由来のiPS細胞から病態を再現することに成功した初めての報告となります。
本研究は、ADPKDの主な症状である集合管の嚢胞をiPS細胞を用いて初めて再現したもので、多嚢胞腎の病態解明や新規治療法開発に向けて大きな前進となります。さらに、患者由来のiPS細胞からも集合管嚢胞を再現したことで、患者毎の解析や治療法の検討が可能になることも期待されます。本研究成果は、Journal of the American Society of Nephrology (アメリカ腎臓学会雑誌) オンライン版に2020年8月4日(日本時間)先行掲載されました。
※本研究は、京都大学の堀田秋津教授と長船健二教授らとの共同研究です。
※文部科学省科学研究費補助金及び日本医療研究開発機構の支援を受けました。
図1.腎臓で作られた尿は尿細管を通り、集合管に集められて体外へと排泄される。
図2.PKD1遺伝子に変異を持つiPS細胞から誘導された集合管だけが、フォルスコリンに反応して嚢胞を形成する。
図3.フォルスコリン投与にてPKD1変異を持つ誘導集合管から嚢胞が形成される。
A: 正常なiPS細胞から誘導した集合管にフォルスコリンを投与したが、嚢胞は形成されない。
(スケールバー:200 μm)
B: PKD1ホモ変異iPS細胞から誘導した集合管にフォルスコリンを投与したところ、多発性に
嚢胞が形成されている。(スケールバー:200 μm)
C: 誘導された集合管(矢印)は集合管のマーカーであるDBA(緑)やサイトケラチン-19(赤)を
発現しており、嚢胞上皮でも同様の発現がみられる。*は嚢胞の内側を示している。
(スケールバー:100 μm)
図4.バゾプレッシン投与にてPKD1変異を持つ誘導集合管から嚢胞が形成される。
A: PKD1ホモ変異iPS細胞から誘導した尿細管にバゾプレッシンを投与したが、嚢胞は形成され
ない。(スケールバー:200 μm)
B: PKD1ホモ変異iPS細胞から誘導した集合管にバゾプレッシンを投与したところ、低頻度なが
らも嚢胞(矢印)が形成される。(スケールバー:200 μm)