分野紹介
脳発生分野

我々の研究室では、現在までに、脊椎動物の中枢神経系(主に前脳)の領域性(脳のパターン)形成のしくみ、神経幹細胞の増殖と維持のバランスのしくみ、を明らかにしてきました。

 

 

 

頭部神経板における初期パターン形成 

脳の原基である頭部神経板では、シグナリングセンターと呼ばれる特定のシグナル分子を発現して、隣接する細胞群の形質・運命を制御する部分が存在し、その形状、位置によって様々なパターンを描いています。一方、シグナルを受け取る細胞の位置によって、シグナル分子に対する反応性が異なることがわかっています。これは、シグナルを受ける神経板の細胞が、別のしくみによってあらかじめパターン化されており(プレパターン)、その結果生じる発現する転写因子の違いによって、同じシグナル分子が作用した場合でも、異なる形質が誘導されることを明らかにしました(Kobayashi et al. 2002)。このことより、限られたシグナル分子のレパートリーで、より多様で複雑な領域性がもたらされ、後の脳の各組織の形成につながるものと考えられます。現在は、プレパターンのしくみ、およびシグナリングセンターを決めるしくみについて解析を行っています。

 

 

 

脳組織の原基における区画の細分化および組織形成

このような初期パターン形成によって、脳の各組織の原基が神経上皮のシートの上に特定の区画として規定されます。それぞれの区画の中は均一ではなく、さらに細分化が進み、特定の形質を持った神経細胞が、部位特異的に誕生・配置され、脳の高次機能を支える構造基盤となります。この段階での領域化の仕組みを明らかにするため、我々の研究室では、1)大脳原基である終脳における区画化、2)視床における神経核形成の2つの課題に取り組んでいます。

 

 

1)終脳胞における区画化

終脳の神経上皮は遺伝子発現、派生する組織などの観点から、主に2つの領域、細かくは6~7の区画に分かれると考えられています。このうち、将来大脳基底核となる基底核隆起( ganglionic eminence, subpallium )と、大脳皮質や海馬になる外套部 (pallium) の2つの領域が、どのようなしくみで規定されるかについて興味深い研究結果がまとまりつつあります。さらに進んで外套部内の区画化のしくみを明らかにしたいと考えています。

 

2)視床における神経核形成

脳における神経細胞の配置の様式として、神経細胞が層状に展開する皮質構造と、神経細胞が集合塊を形成し立体的に配置する神経核構造があります。これらの構造は、脳の高次機能発揮のために重要な意味を持ちますが、これらの形成機構、特に後者についてはまだよくわかっていません。私たちは、神経核構造の形成機構の解明をめざし、典型的な神経核構造を示す視床という脳組織をモデルに研究を行ってきました。これまでに。視床内の異なった神経核を構成する神経細胞は、視床原基の異なった部位から誕生することを見出しました。さらに、この現象は、視床原基の周囲からのシグナル分子のモルフォジェンとしての作用と、シグナルを受ける細胞がもつエフェクターの違いによって、特定の形質を持った神経細胞の誕生位置が厳密に規定されていることを明らかにしました(Hashimoto-Torii et al., 2003)。その後の研究から、この誕生位置は、その後の神経核形成に重要な意味があることがわかっています。現在は、視床原基上の比較的単純なパターンから、どのように神経核の複雑な立体配置が作り出されるかについて解析を進めています。

 

 

神経幹細胞の増殖と分化のバランス

脳や脊髄といった中枢神経系を構成する細胞は、ほぼすべて神経幹細胞から生じます。神経幹細胞や神経前駆細胞は細胞分裂によってその数を増やし、また分化してニューロンやグリアを産生しますが、いったんニューロンになると、もはや分裂して増えることはありません。
脳の領域によって産生されるニューロンの数は異なり、また同じ領域であっても、発生のステージによってニューロン産生のペースは変化します。すなわち、場所や時期によって「神経幹細胞の増殖と分化のバランス」が正しくコントロールされることで正常な脳が形成されます。私たちは、このバランスの制御に神経上皮と新生ニューロン、あるいは中間前駆細胞との間の接着帯が重要であることを見いだしました(Hatakeyama et al., 2014)。その接着帯がNotchシグナルの活性の場であることを、世界で初めてNotchタンパク質のタイムラプスイメージングで示しました。この接着帯が崩壊するとNotchシグナルがOFFになりニューロン分化が促進され、逆に、安定化させるとニューロン分化が抑制されます。

 

 

さらに、新生ニューロンの接着帯の保持時間が、周囲の神経幹細胞のニューロン産生ペースに影響することを明らかにしました(Hatakeyama and Shimamura, 2019)。この結果から、各領域や発生ステージによって異なるニューロン産生ペースの制御機構の1つは、接着帯の保持時間の調節であることが示唆されます。ここで接着帯の保持/分解を制御しているしくみはまだよくわかっていませんが、新生ニューロンや中間前駆細胞が脳室面から離脱するしくみについては最近研究が進んでおり、保持時間を左右するしくみとして注目されます。

 

 

 

脳の予定運命地図に従って、各領域の神経幹細胞が適切な増殖と分化のバランスをもって発生し、脳組織が構築されることで、脳の高次機能を支える基盤が作られます。神経幹細胞の増殖と分化のバランスを制御するしくみは、脳の組織形態の違いを産み出すしくみの解明につながるのではないかと考えています。