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分  野多能性幹細胞分野 (旧 幹細胞制御分野)
掲載日2009年 8月 24日
タイトル
腹側膵臓前駆細胞の起源について従来の説を覆し、新しい説を提唱

Matsuura, K*., Katsumoto, K*., Fukuda, K., Kume, K. and Kume, S. Conserved origin of the ventral pancreas in chicken. Mech. Dev. doi:10.1016/j.mod.2009.07.009 (* equal contribution)

 最近、大きな関心と期待が寄せられている臓器再生研究の鍵を握るのは、正常発生の理解です。というのも、 ES 細胞や iPS 細胞を用いた各臓器への分化誘導研究から得られた知識が、臓器再生研究に有用であることは言うまでもないが、正常発生過程を明らかにして働いている因子を特定し、正常発生に沿った形でこれらの細胞から各臓器を分化誘導することが、効果的かつ効率的な臓器再生医療に繋がるからです。 多能性幹細胞分野(粂 昭苑教授) では、 ES 細胞から膵臓前駆細胞( Pdx1 陽性細胞)を効率よく分化誘導する方法を開発している( Shiraki et al., 2008 )。また、ニワトリやマウスをモデル動物として、膵臓の正常な発生過程の一端を明らかにし、膵臓形成の新しいモデルを提唱した( Katsumoto et al., 2009 Yoshida et al., 2008; Yoshida et al., 2009 )。今回、同分野の松浦公美(大学院博士前期課程)と勝本恵一博士( GCOE リサーチ・アソシエイト)らは、ニワトリ胚において、今まで広く受入れられてきた腹側膵臓の起源に関する従来の説を覆し、新しい説を提唱した。

  初期の膵臓形成は、背側膵臓、腹側膵臓の2カ所の予定領域から独立して進行し、後の腸回転運動により腹側膵臓が背側膵臓に融合することによって行われる。従来の説では、予定腹側膵臓領域は10体節期において、第7?9体節の側方に存在すると報告されていた。しかし、本研究において、 DiI 結晶*1 を用いた方法で、10体節期の第7?9体節の側方内胚葉を細胞標識し、その後の発生過程を追跡したところ、この領域には腹側膵臓ではなく、背側膵臓および腸領域の前駆細胞が存在することを確認した。次に、腹側膵臓の起源を特定する目的で、各ステージの各領域を標識して詳細に追跡したところ、15体節期までは、腹側膵臓単独に分化する領域が存在しておらず、腹側膵臓の前駆細胞は、腸もしくは胆管と共通の前駆細胞として存在していた。そして、17体節期になって初めて第4体節の側方に腹側膵臓単独の前駆細胞が現れることを明らかにした。勝本ら( Katsumoto et al., 2009 )の研究により、背側膵臓前駆細胞は、原腸陥入後のヘンゼン結節周辺にすでに出現し、この時期では側方ではなく正中領域に存在することから、 背側膵臓 と腹側膵臓は、その発生起源が異なるのみならず、その機能も異なる可能性が示唆された。背側膵臓には、インスリン産生細胞およびアミラーゼ産生細胞が存在するのに対し、背側膵臓に融合する前の腹側膵臓においては、インスリン産生細胞が存在せず、アミラーゼ産生細胞のみが存在した。このことは、インスリンを産生する膵臓β細胞の分化には、膵臓を取り巻く環境が大きな影響を与えていることを示唆する。今後さらに背側膵臓と腹側膵臓の形成過程を比較することで、膵臓β細胞の分化メカニズムを解明できるかもしれない。本研究は、首都大学東京(福田公子博士)との共同研究で行われ、 Mechanisms of Development 誌電子版に先行掲載された。

* 1  従来の DiI 溶液を用いた細胞標識法に比べ、 DiI 結晶を用いた細胞標識法は、わずか 10 個前後の細胞だけを特異的に標識できるため、格段に解像度が高い。

 

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図 腹側膵臓に関する細胞運命予定地図

17体節期において予定腹側膵臓領域は、第4体節の側方内胚葉の卵黄静脈付近に存在する。