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分  野分化制御分野
掲載日2011年 9月 13日
タイトル
細胞は細胞密度の変化を自分の形で知る

Ken-Ichi Wada, Kazuyoshi Itoga, Teruo Okano, Shigenobu Yonemura, Hiroshi Sasaki. (2011) Hippo pathway regulation by cell morphology and stress fibers. Development 138, 3907-3914.

細胞は、培養すると細胞密度が低い状態では活発に増殖するが、数が増えて細胞密度が高くなると増殖を停止する。これは、「細胞増殖の接触阻止」として古くから知られている現象だが、なぜそのようなことが起こるのかはわかっていなかった。分化制御分野(佐々木洋教授)では、これまでに、 Hippo シグナルというがん抑制シグナル経路が、この現象にかかわっていることを明らかにしてきた (Ota and Sasaki, Development, 2008) 。しかしながら、細胞がどうやって細胞密度を感知して Hippo シグナルを調節するのかについては、分かっていなかった。

  細胞密度が変化すると、細胞同士の接触の程度と個々の細胞の形が変化する。今回、和田健一研究員(現:和光理研協力研究員)らは、細胞の形の変化が Hippo シグナルの調節に重要な働きをしていること見出した。微細加工技術を利用して培養皿の中にマイクロドメインと呼ばれる細胞が接着できるマイクロメートルスケールの小さな場所を作り、いろいろな大きさのマイクロドメインの上に1つの線維芽細胞( NIH3T3 細胞)を培養することで、細胞同士の接触が無い状態で、細胞の形だけを変化させた。その結果、 Hippo シグナルは、大きく広がった細胞では弱く、小さく丸くなったり、四角くなったりした細胞では強くなっており、細胞の三次元の形が Hippo シグナルを変化させることが分かった(図)。また、細胞が大きく広がると細胞骨格の一種である F- アクチンからなるストレスファイバーが増加し、それが Hippo シグナルを負に調節していることも明らかにした(図)。

 これらの結果は、細胞の形と細胞骨格が細胞密度の認識に重要な働きをしていることを示しており、シグナルの制御に、形という新しい概念を持ちこんだ。 Hippo シグナルは細胞間の接着によっても制御されることが知られており、形と接着という細胞に入る2つの情報が、どのように細胞内で統合されるのか、そのしくみを明らかにしてゆくことが今後の課題である。この研究成果は Development 誌9月号に掲載され、巻頭の In This Issue でも取り上げられた。また、 8 月の Most-Read Articles の 3 位にランクされた。

 

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図. マイクロドメインを用いて1つの細胞の形をコントロールする

 

左:正方形のマイクロドメイン上で培養した細胞。ドメインの形に合わせて正方形に広がっている。緑色にみえる筋は、細胞骨格F-アクチンのストレスファイバーである。この細胞では、Hippoシグナルは弱い。

右:薬剤処理により、ストレスファイバーを破壊した細胞。この細胞では、Hippoシグナルは活性化される。