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分  野筋発生再生分野
掲載日10-Jun-2021
タイトル
筋肉に胎児期の位置記憶が存在することを発見 ~筋疾患の病態メカニズムと再生医療開発に新たな視座~

Yoshioka K, Nagahisa H, Miura F, Araki H, Kamei Y, Kitajima Y, Seko D, Nogami J, Tsuchiya Y, Okazaki N, Yonekura A, Ohba S, Sumita Y, Chiba K, Ito K, Asahina I, Ogawa Y, Ito T, Ohkawa Y, Ono Y. Hoxa10 mediates positional memory to govern stem cell function in adult skeletal muscle. Science Advances 2021 Jun 9. 7: eabd7924.

 

熊本大学HP

日本医療研究開発機構(AMED)

 全身に分布する骨格筋の大きさや形状は解剖学的に多様であり,またその機能も身体動作のみならず,姿勢維持,呼吸,咀嚼,嚥下,表情表出等と多岐にわたります。一方で,遺伝性筋疾患である筋ジストロフィーにはさまざまな病型が存在し,身体内で症状が表出する位置は病型毎に異なることが知られています。これらの筋疾患の身体位置による症状は,解剖生理学で分類される骨格筋の形状や筋線維タイプの違い,あるいは身体活動様式だけでは説明できないことから,それぞれの病態解明に向けた新たな視座を必要としていました。

 

 今回,熊本大学発生医学研究所・筋発生再生分野の吉岡潔志研究員,小野悠介独立准教授の研究グループは,長崎大学,九州大学,京都府立大学との共同研究により,成体の骨格筋およびその再生を担う筋幹細胞は,身体位置固有の情報(位置記憶)を保持していることを発見しました。この位置記憶は胎児期から維持されており,胚発生過程にからだの設計を司るホメオボックス(Hox)遺伝子群の発現とその遺伝子座のDNAメチル化パターンにより可視化することができました(図1)。また,マウスの後肢の筋幹細胞を頭部筋に移植すると,後肢のHox遺伝子を維持した状態で頭部筋が再生されることから,強力に固定された位置記憶は移植再生治療に影響を与える可能性が示唆されました。

 さらに,筋幹細胞特異的にHoxa10遺伝子を欠損させたマウスでは後肢における筋再生不全が見られ,発現位置に依存した筋再生不全の表現型を呈することがわかりました。このメカニズムの解析を行い,Hoxa10遺伝子は後肢における筋幹細胞の正常な細胞分裂に欠かせない機能を持っていることを突き止めました。また,マウスと同様,ヒトにおいても筋幹細胞の位置記憶は保存されていることを確認し(図2),本研究結果から,筋幹細胞の位置記憶は単なる胎児発生の残存ではなく,身体位置固有の機能を担っていることが明らかになりました。

 

 本研究で明らかになった筋幹細胞の位置記憶の機能的な側面から,筋ジストロフィーを含む様々な筋疾患でみられる症状の身体位置特異性のメカニズム解明につながることが期待されます。また,採取した位置とは異なる位置に移植する異所性移植実験により,筋幹細胞は位置記憶を維持した状態で生着し筋再生することがわかりました。見方を変えると,異所性移植により再生した骨格筋は,本来の位置情報を持たないため正常な機能が損なわれる可能性があります。実際,当研究グループは骨盤底筋から採取した筋幹細胞を後肢筋に異所性移植すると,性ホルモンに対して感受性が高い骨盤底筋の特徴が後肢筋に付与されることを観察しています(Yoshioka et al., Acta Physiol 2021)。これらの知見から,当研究グループは,細胞の位置記憶を人為的に制御すること,あるいは位置記憶が刻まれた細胞の性質を適材適所に活用することで筋疾患に対する再生治療応用に展開していきます。

 

 本研究成果は,米国科学誌の「Science Advances」に2021年6月9日(米国東部時間午後2時)に掲載されました。

 

図1.位置記憶の可視化:後肢の筋幹細胞と骨格筋にHox-A遺伝子座のDNA高メチル化がみられる

 

図2.ヒト筋幹細胞はマウスと同様にHOX遺伝子発現に基づく機能的な位置記憶を保持する