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分  野筋発生再生分野
掲載日7-Sep-2020
タイトル
骨格筋の再生と萎縮の部位特異性を検証 -位置情報の記憶(ポジショナルメモリー)の存在を示唆-

Yoshioka K, Kitajima Y, Seko D, Tsuchiya Y, Ono Y*. The body region specificity in murine models of muscle regeneration and atrophy. Acta Physiol (Oxf) 2020 in press

 全身に分布する骨格筋は,その大きさや形状は解剖学的に多様であり,またその機能も身体動作のみならず,呼吸,咀嚼,嚥下,表情表出等と多岐にわたります。骨格筋は代謝や収縮特性から速筋と遅筋に分類されます。近年,このような速筋・遅筋の分類に加え,身体部位によって筋質に違いがあることが報告されています。しかし,筋損傷や筋萎縮刺激に対する部位特異的応答性についてはあまりわかっていませんでした。今回,当分野の吉岡潔志 産学官連携研究員は,小野悠介 独立准教授とともに,さまざまな病態モデルマウスを用いて,骨格筋の損傷—再生や萎縮の部位特異性について包括的に調べました。

 本研究では,BaCl2筋注による一過性筋損傷—再生モデル,慢性的に筋損傷-再生が生じる筋ジストロフィーモデル (mdxマウス),がん細胞株移植によるがんカヘキシアモデル,加齢による老化モデル,去勢による男性ホルモン(テストステロン)欠乏モデルを用いて,身体部位による筋再生能や筋萎縮感受性の違いを評価しました。その結果,一過性の筋損傷—再生モデルでは,損傷後,頭部筋の筋重量は徐々に回復し,10ヵ月後には元に戻る一方,下肢筋は損傷から2週間で筋重量は元に戻り,その後は過成長を示しました。このような再生パターンは慢性的損傷—再生モデルのmdxマウスでも同様に観察されたことから,筋損傷からの再生様式は身体部位特異的であることがわかりました。続いて,筋萎縮モデルを解析しました。がんカヘキシアマウスおよび老齢マウスは,ともに上肢・下肢筋に萎縮を認めますが,頭部筋は萎縮抵抗性を示しました。一方,去勢によるテストステロン欠乏マウスは,頭部筋および上肢・下肢筋は影響を受けませんが,骨盤底筋は著しい筋萎縮を引き起こしました。次に,骨格筋の成長や再生に必須である骨格筋幹細胞(サテライト細胞)に着目し,身体部位による筋萎縮感受性の違いはサテライト細胞に記憶されているのか否かを調べました。テストステロン感受性が高い骨盤底筋からサテライト細胞を単離し,下肢への異所性移植を行いました。その結果,ドナーの骨盤底筋由来サテライト細胞は,レシピエントの下肢筋に生着後,多数の筋線維を生み出しますが,テストステロンへの感受性は失うことなく,高く維持されていました(図)。また,骨盤底筋の特異的遺伝子発現パターンは,レシピエントの下肢筋内で維持されていました。したがって,ドナーのサテライト細胞は異所性移植後もレシピエントの筋内で「位置情報の記憶(ポジショナルメモリー)」を保持していると考えられます。

 本研究成果から,骨格筋の再生や萎縮の部位特異性が明らかとなり,そのメカニズムの1つとして組織幹細胞レベルのポジショナルメモリーが関与する可能性が示唆されました。ポジショナルメモリーは効果的な筋再生治療法の開発に欠かせない視点であり,当分野は,今後,その分子基盤の解明に取り組みます。本研究成果は,Acta Physiol (Oxf) のオンライン版に令和2年9月2日に先行掲載されました。

 

図.サテライト細胞の位置情報の記憶(ポジショナルメモリー)は異所性移植により失われない

骨盤底筋は,下肢筋に比べて,男性ホルモンであるテストステロンに高感受性である。したがって,骨盤底筋はテストステロンが欠乏すると,下肢筋より急速に筋萎縮が進行する。このテストステロン感受性の違いは骨格筋幹細胞であるサテライト細胞 (SCs) レベルで記憶されているのか否かを検証するために,異所性移植を行った。野生型 (PAX7-YFP KI) 雄性マウスの下肢筋および骨盤底筋からSCsを単離し,ドナー細胞とした。レシピエントは,膜裏打ちタンパク質であるジストロフィンを欠損するmdxマウスとした。また,レシピエントを3群に分け,雄性mdxマウスをコントロールとし,低テストステロン状態になる去勢した雄性mdxマウスあるいは雌性mdxマウスを用いた。γ線照射によりレシピエントの内在サテライト細胞を枯渇させ,薬剤により下肢筋を損傷させた後,ドナー細胞を移植した。この移植モデルでは,レシピエント筋内でドナー細胞由来の再生筋線維はジストロフィン陽性となる。下肢筋SCsと比較して骨盤底筋SCs由来の再生筋線維は,レシピエントの低テストステロン状態の影響を受け,再生筋線維の太さ(横断面積)は顕著に低下した。この結果から,骨盤底筋SCsのホルモン感受性のポジショナルメモリーは異所性移植後においても維持されていることが示唆された。