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分  野腎臓発生分野
掲載日2014年 4月 30日
タイトル
Sall1は活性化因子及び抑制因子として働いて腎臓ネフロン前駆細胞と初期ネフロンを維持している

Shoichiro Kanda, Shunsuke Tanigawa, Tomoko Ohmori, Atsuhiro Taguchi, Kuniko Kudo, Yutaka Suzuki, Yuki Sato, Shinjiro Hino, Maike Sander, Alan O. Perantoni, Sumio Sugano, Mitsuyoshi Nakao, and Ryuichi Nishinakamura (2014) Sall1 maintains nephron progenitors and nascent nephrons by acting as both an activator and a repressor. J. Am. Soc. Nephrol. Epub ahead of print

 腎臓の最小機能単位はネフロンとよばれ、主に糸球体と尿細管から構成されています。糸球体は血液を濾過し、尿細管はそこから水分や電解質を再吸収あるいは分泌して調節しています。腎臓発生分野の西中村隆一教授らは、2001年に核内因子Sall1が腎臓発生に必須なこと、2006年にはネフロンがその元になる細胞群(ネフロン前駆細胞)から由来し、このネフロン前駆細胞及び分化初期のネフロンにSall1が発現することを報告してきました。ネフロン前駆細胞が未分化のまま自己複製しながら少しずつネフロンに分化していくことが、腎臓形成に極めて重要です。このバランスの制御には、Wntシグナルによる分化促進と転写因子Six2による抑制が関与していますが、依然未解明な点が多く、ネフロン前駆細胞におけるSall1の役割も長い間謎のままでした。 

 今回、腎臓発生分野の神田祥一郎(現東京女子医大)、谷川俊祐、大森智子らは、Sall1がネフロン前駆細胞の自己複製と維持に必須であることを見いだしました。ネフロン前駆細胞特異的にSall1をノックアウトしたところ、マウスは出生直後に死亡しました(図1)。腎臓は小さくなり、ネフロンもほぼ消失していました。ネフロン前駆細胞の自己複製能が低下して分化してしまい、さらにその分化した初期ネフロンも細胞死を起こしてしまうためでした。次いで、薬剤誘導性のSall1ノックアウトマウスを作製し、マイクロアレイと全ゲノムクロマチン免疫沈降シーケンス (ChIP-seq) を駆使することによって、Sall1が、ネフロン前駆細胞においては下流遺伝子の転写を促進して未分化状態を維持し、分化中の初期ネフロンでは異常な転写を抑制して正常な状態を保つことがわかりました(図2)。さらにネフロン前駆細胞においてSall1がSix2とともに、重要な腎臓形成遺伝子群の制御領域に直接結合することを明らかにしました。このことは、Sall1の直接の標的が初めて明らかになったことを意味します。一方、Six2が存在しない初期ネフロンにおいては、Sall1はMi2/NuRD複合体と結合して転写を抑制しますが、この標的遺伝子はSix2のそれとは異なり、かつ制御領域への直接結合を介さないこともわかりました。これは制御領域に直接結合してSall1をリクルートする別の因子の存在を示唆しています。このようにSall1はネフロン前駆細胞では活性化因子、初期ネフロンでは抑制因子として、この2つの未熟な細胞集団を維持していることになります。

 腎臓発生分野は2013年末に、ヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞の誘導に成功しています。今回の研究で得られたネフロン前駆細胞の維持機構に関する知見は、ネフロン前駆細胞を人為的に増幅する技術開発に向けた基盤として極めて有用です。本研究はマウス作製から12年を費やした労作であり、腎臓学のtop journalであるJournal of American Society of Nephrology誌電子版に先行掲載されました。

 

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図1 ネフロン前駆細胞特異的にSall1をノックアウトすると腎臓は小さくなり(B)、ネフロン前駆細胞が枯渇する(D: 矢尻の赤い細胞)。A, Cは正常マウス。

 

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図2 ネフロン前駆細胞において、Sall1はSix2とともに腎臓形成遺伝子群 (Osr1, Robo2, Eya1等) を直接活性化する。一方、初期ネフロンにおいてはMi2/NuRD複合体と結合して、間接的に標的遺伝子 (Nkx6.1等) を抑制する。