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分  野多能性幹細胞分野
掲載日2012年 10月 15日
タイトル
睡眠覚醒を制御するドーパミン神経回路の同定

Taro Ueno, Jun Tomita, Hiromu Tanimoto, Keita Endo, Kei Ito, Shoen Kume, Kazuhiko Kume. (2012) Identification of a dopamine pathway that regulates sleep and arousal in Drosophila . Nature Neuroscience in press (doi:10.1038/nn.3238)

 睡眠は昆虫から哺乳類まで広く観察される生理現象であり、分子機構も系統学的に保存されている。多能性幹細胞分野(粂 和彦准教授)では、ショウジョウバエをモデル動物として睡眠覚醒制御メカニズムの解明を進めている。モノアミンであるドーパミン(DA)は覚醒を制御するが、記憶形成や注意など他の機能も有し、異なる生理機能がどのように制御されているか不明であった。今回、同分野の上野太郎博士(特定事業研究員)らは、睡眠覚 醒を制御するドーパミン神経回路を特定し、記憶形成と異なる回路が覚醒を制御することを解明した。

  近年の研究より、ドーパミントランスポーター (DAT) の欠損によりドーパミンシグナルが増強すると、睡眠が減少することが知られている。この DAT 変異体において、 D1 型ドーパミン受容体 dDA1 をさらに欠損させると、睡眠が減少する表現型が消失した。そこで、この二重変異体で、 dDA1 を扇状体 (fan-shaped body) と呼ばれる脳領域のみで発現させると、睡眠が再び減少した。一方、記憶に関わるキノコ体 (mushroom body) と呼ばれる脳領域で dDA1 を発現させても、睡眠は変化しなかった。扇状体活性化が睡眠を増加することが最近示されているが、 GFP の再構成を用いた検出系によりドーパミン神経との結合が確認され、 FRET センサーを用いたイメージングによりドーパミンへの応答が示された。さらに、モザイク個体を用いた単一ドーパミン神経細胞の刺激により、扇状体へ投射するドーパミン神経の活性化が覚醒を誘導することを見出した。

  以上の結果から、記憶形成と睡眠覚醒を制御する回路が、ドーパミン神経細胞レベルで分離可能であったことから、睡眠中の記憶の書き込みの実現の可能性が示唆された。一方、睡眠は記憶の定着を促進する作用が知られ、これら生理機能が統合される階層を明らかにすることが今後の課題である。

研究成果は 2012 年 10 月 14 日に Nature Neuroscience 誌電子版に掲載された。

 

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図 : 睡眠覚醒を制御するドーパミン神経回路

(a) キノコ体に投射するドーパミン神経は記憶を、扇型体に投射するドーパミン神経は睡眠覚醒を制御する。ドーパミン(DA)は放出されると DA1 受容体に作用して細胞内 cAMP を上昇させる。 fumin は DAT の欠損により、ドーパミンシグナルが増強されている。
(b) モザイク個体によって同定した覚醒を制御するドーパミン神経。単一細胞に GFP と温度依存性チャネルを発現させている。 b1: 前方像、 b2: 後方像