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分  野脳発生分野
掲載日25-Jun-2025
タイトル
胎仔期の脳発生における圧環境を解明
ー子宮内での周期的な脳室内圧の変動を初めて測定成功ー

Mami Akaike†, Jun Hatakeyama†*, Yuta Nakashima, Kenji Shimamura*.

Measuring intraventricular pressure in developing mouse embryos: Uncovering a repetitive mechanical cue for brain development.

Dev Growth Differ. 2025 May 13

DOI:10.1111/dgd.70010

†equal contribution, *corresponding author

【ポイント】

①胎仔マウスの脳室内圧をリアルタイムで定量測定

子宮内のマウス胚で、微小空間である脳室内の圧を高時間分解能で測定する技術を確立しました。

②子宮の収縮により周期的に圧力が変化
胎内では、母体の子宮収縮と連動して脳室内圧が約30秒周期で変動することを初めて発見しました。

③圧刺激が神経上皮の形態形成に影響
マウス胚の脳室内圧によって神経上皮が伸展していることを実験的に示しました。

④発生異常や脳発生の新たな理解につながる知見
今回、発生期の脳は、動的な圧環境に曝されていることが明らかとなりました。正常な脳発生や脳発生異常の理解において、従来の分子・遺伝子中心の発生研究に新たな視点を提供します。

 

【概要説明】

熊本大学発生医学研究所 脳発生分野の畠山淳准教授、嶋村健児教授と、本研究従事当時大学院自然科学教育部の赤池麻実大学院生(現在は大学院先端科学研究部の育成助教)、大学院先端科学研究部の中島雄太准教授の研究グループは、脳発生における「脳室内圧」という力学刺激に注目し、マウス胚の脳室内圧をリアルタイムで定量測定する手法を開発し、その測定に成功しました(図1)。マウス胚の脳室は1mm3程度しかなく、微小空間の内圧計測は非常に難易度の高いものでした。

 本研究では、マウス胎仔(E12.5〜E16.5)の脳室内に、圧力センサーに接続した極細のガラスキャピラリーを挿入し、将来の大脳にあたる脳室内圧の変動を測定しました。その結果、シャーレに取り出して測定したマウス胎仔の脳室内圧は、発生が進むにつれて徐々に上昇する傾向が見られました。一方で、子宮内にいる状態で測定した脳室内圧は、取り出した場合の数倍に達しており、これは母体の子宮から加わる圧力が非常に大きいことを示しています。さらに、この子宮内圧は発生の進行とともに徐々に低下していく傾向が確認されました。

 加えて、子宮内では母体の子宮収縮に同期して、約30秒周期で脳室内圧が周期的に変動していることを初めて明らかにしました。これは、発生期の脳が一定のリズムで繰り返し圧刺激を受けていることを意味します。脳室内を満たす脳脊髄液は非圧縮流体であるため、この周期的な圧変動によって、神経上皮が頂端—基底軸方向に繰り返し圧縮されている可能性があります。このような周期的な圧刺激や圧縮力が、脳の発生に何らかの役割を持っているかについては、今後、明らかにしていく必要があります。

 また、マウス胚において人為的に脳室に穴を開け圧力を解放すると、神経上皮が急速に収縮し厚くなる現象が観察されました(図2)。これは、神経幹細胞から成る神経上皮が脳室内圧によって水平方向に伸展していること、つまり神経上皮に張力が生じていることを示します。ただし、この現象は、E15.5には観察されなくなります。

 本研究は、発生学における「力学環境」を明らかにし、脳の発生過程やその異常の理解に新たな手がかりを与える成果です。今後、脳発達障害の機構解明や脳オルガノイドの手法改良、人工子宮環境の設計など、医学・工学の幅広い応用が期待されます。

 

 

図1 脳室内圧及び子宮内圧  

子宮内にいるマウス胎仔の脳室及び羊水中に圧計測システムの圧センサーに接続されたガラスキャピラリーを挿入し、圧を計測。その結果、脳室内圧、子宮内圧ともに周期的に増減する圧を計測することに成功した。

 

図2 脳胞の穿孔実験

マウス胚E10.5〜E15.5において、中脳胞に穴を開けると(白矢頭)、脳胞は速やかに潰れた。それに伴い、神経幹細胞からなる神経上皮は、その厚みが肥厚した。このことは、生体内では脳胞内が陽圧であること、神経上皮は、風船のように伸展していることを示す。