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分  野染色体制御分野
掲載日2020年5月27日
タイトル
精子の形成に必要な減数分裂組換えの仕組みを解明-DNA損傷修復にかかわる新規遺伝子を発見-

Takemoto K., Tani N., Takada Y., Fujimura S., Tanno N., Yamane M., Okamura K., Sugimoto M., Araki K., Ishiguro K.  Meiosis-specific C19orf57/4930432K21Rik/BRME1 modulates localization of RAD51 and DMC1 to DSBs in mouse meiotic recombination.  Cell Reports 31, 107686 (2020)

https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.107686

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熊本大学発生医学研究所・染色体制御分野の石黒啓一郎准教授および竹本一政研究員のグループは、精子の形成に必要な減数分裂組換えをコントロールする新しい遺伝子を発見しました。これまで、精子が作られる際に生じるDNA損傷を修復する仕組みの詳細は不明な点が多かったため、今後の無精子症や精子形成不全を示す不妊症の原因解明などの生殖医療の進展につながる可能性があります。本研究成果は、令和2年5月26日に、米国Cell Press社が刊行する科学学術誌「Cell Reports」から公表されました。

 

・減数分裂組換えに働く新しい遺伝子C19ORF57を発見しました。

・C19ORF57とよばれる遺伝子は、がん抑制遺伝子産物「BRCA2」の働きを借りて減数分裂組換えの過程で生じるDNA損傷を修復する役割を果たすことを明らかにしました。

・C19ORF57遺伝子に障害がおきると精子が作られず不妊となることを明らかにしました。

 

研究の内容

卵巣や精巣では「減数分裂」と呼ばれる特殊な細胞分裂が行われて卵子や精子が作り出されます。この過程で、減数分裂組換えとよばれるDNA配列の交換によって母方DNAと父型DNAとの間で遺伝情報の部分的な交換が行われます(図1)。この減数分裂組換えは、同じ両親から生まれた兄弟姉妹の子どもの間でも微妙に異なる特徴を持つように遺伝的多様性を生み出す仕組みとして働きます。ヒトの細胞には父方、母方に由来する2つのコピーされた遺伝子があります。精子・卵子の形成に先駆けて生殖細胞内では数百箇所でDNAの切断が起きることが知られています。減数分裂組換えとは、切断を受けたDNAの箇所をもう片方の染色体上の相同な配列のDNAからコピーをとってパッチワークのように貼り合わせて修復する過程であることがわかっています(図2)。このDNA切断は言わば「諸刃の剣」で、減数分裂組換え反応のきっかけを与えるのにあえて必要とされるプロセスですが、一時的にゲノムが損傷を負う反応でもあるため、即座に修復される必要があります。この減数分裂組換え反応が起きるときのゲノム損傷は放射線障害と質的には同じものであるため、これを修復できない細胞は死滅してしまいます。しかしながら、減数分裂組換えに働く因子やそのメカニズムの詳細は不明な点が多く、その機能破綻は不妊症などの生殖医療とも直結する重要な問題でありながらあまりよく解明されていない課題でした。

石黒啓一郎准教授のグループでは、以前減数分裂のスイッチを入れる遺伝子MEIOSINを発見した際(Ishiguro et al, Dev Cell 2020)に、それによって数百種類におよぶ精子・卵子の形成に関わる遺伝子が一斉に働くことを明らかにしていました。それらの中には機能未解明のまま、まだ十分に解明されていない遺伝子が多く残されていることがわかっていました。本研究では、そのうちの一つの正体不明の遺伝子C19ORF57についてより詳細な解析を行いました。

質量分析法*1を駆使した解析の結果、C19ORF57がBRCA2とよばれるタンパク質と結合することが判明しました。先行研究により、BRCA2は乳がん抑制遺伝子としてDNA損傷修復に働く重要な機能を果たすことが知られていました。C19ORF57は減数分裂組換え反応が起きている生殖細胞内に生じたDNA損傷を修復するために、BRCA2をゲノム上のDNA損傷を負った箇所に呼び寄せる役割を果たしていることを突き止めました。

そこで、ゲノム編集*2によりマウスのC19ORF57遺伝子の働きをなくすと、精巣でDNA切断箇所をうまく修復できず、減数分裂組換え反応がうまく起こらなくなるため精子形成が不全となることが判明しました(図3)。

なお、C19ORF57は卵巣でも働いていることがわかりましたが、その働きをなくした卵巣ではとくに影響は出ないことがわかりました。卵巣にはC19ORF57と同じ働きをする別のバックアップの仕組みが備わっていることが示唆されます。

 

成果

今回の研究成果は我々の先行研究(2020年2月公表)のMEIOSINの発見に続く続報で、MEIOSINの指令下で働くことが予想される機能未解明の遺伝子の働きの一端を明らかにしました。ここではC19ORF57がBRCA2とよばれるがん抑制遺伝子の働きを借りて減数分裂組換えの過程で生じるDNA損傷を修復するという予想外の役割を果たすことを明らかにしました。また、C19ORF57遺伝子は精子形成に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。通常、哺乳類細胞ではDNA切断に対して非相同末端結合(NHEJ)の仕組みによって修復される傾向が高いことが知られています。C19ORF57は減数分裂組換えの際に、相同染色体を鋳型にした相同組換えによるDNA損傷がより有利に働くように機能していることが推測されました。

C19ORF57は減数分裂組換えに必須の働きをしており、精子の形成に関わる重要な遺伝子であることから、今後の不妊症の病態解明などの生殖医療の進展につながる可能性があります

 

展開

今回の成果はマウスを用いて検証されたものですが、C19ORF57はヒトにも存在することがわかりました。ヒトに見られる不妊症は原因が不明とされる症例が多いことが知られています。今回の発見は、特に無精子症や精子形成不全を示す不妊症の病態の解明に資することが期待されます。またヒトではがん化細胞にC19ORF57遺伝子が高発現していることもわかりました。DNA損傷部位とがん抑制遺伝子産物BRCA2との間を橋渡しする役割をもつC19ORF57は本来なら生殖細胞だけで機能しますが、腫瘍・がん化細胞の中で機能してしまうと、がん化阻止に働くBRCA2の働きをかえって阻害してしまうことが示唆されます*3

今回の研究によりC19ORF57が生殖細胞内のDNA損傷修復で重要な役割を演じていることがわかりました。MEIOSINの指令下で働くことが予想される他の機能未解明の遺伝子の働きについてはまだ十分に解明されていません。今後は卵子・精子の形成過程におけるこれら他の遺伝子の働きも同時に解明することにより、生殖医療に大いに貢献することが期待されます。

本研究は発生研・リエゾンラボ、本学・生命資源研究センターの荒木喜美教授のグループ、理化学研究所との共同で行われました。また文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(非ゲノム情報複製)の支援を受けて実施したものです。

 

用語解説

*1:質量分析法: 未知のタンパク質の種類を解析する解析手法。株式会社島津製作所の田中耕一氏がこの技術の開発でノーベル化学賞を受賞したことでも知られる。

*2:ゲノム編集:遺伝子のDNA配列を人為的に書き換えることのできる新手法。遺伝子を自在に編集できるため、マウス受精卵にこの操作を行うと、生まれてくる子世代で特定の遺伝子の働きを調べることができる。

*3:一見逆説的であるが、正常では働かない場所でその遺伝子が暴走して機能してしまうと、結合する相手側タンパク質の本来の正常な働きをかえって阻害してしまう現象。

 

図1 減数分裂組換えによる父・母由来の染色体(遺伝情報)の部分的入れ替え

 

図2 減数分裂組換えのときに起きるDNA損傷修復のメカニズム

 

図3 マウスを使ったゲノム編集によりC19ORF57の働きを阻害する実験のイメージ