Ishiguro K*, Matsuura K, Tani N, Takeda N, Usuki S, Yamane M, Sugimoto M, Fujimura S, Hosokawa M, Chuma S, Ko S.H.M, Araki K, Niwa H : MEIOSIN directs the switch from mitosis to meiosis in mammalian germ cells. Dev. Cell 52(4), 429-445(2020)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1534580720300113
https://www.cell.com/developmental-cell/fulltext/S1534-5807(20)30011-3
熊本大学発生医学研究所・染色体制御分野の石黒啓一郎准教授のグループは、卵子や精子の形成に必要な染色体の減数分裂をコントロールする遺伝子を発見し、「MEIOSIN」(マイオーシン)と名付けました。これまで卵子や精子が作られる際の減数分裂を引き起こすメカニズムの詳細は明らかになっていなかったため、今後の不妊治療などの生殖医療の進展につながる可能性があります。本研究成果は、2020年2月6日に、世界的権威のあるCell Press社が刊行する科学学術誌「Developmental Cell」から公表されました。
[研究の内容]
全身の組織・器官では、通常「体細胞分裂」と呼ばれる細胞分裂によって延々と細胞の増殖が行われます。一方、卵巣や精巣では「減数分裂」と呼ばれる特殊な細胞分裂が行われて卵子や精子が作り出されます。いずれも細胞分裂でありながら、体細胞分裂は同じ染色体(遺伝情報)を倍加させてからそのコピーを均等に分裂することにより元と同じ2つの細胞を作り出すのに対して、減数分裂は染色体の数が元の半分になることにより母方・父方の遺伝情報だけを持つ卵子や精子を作り出します(図1)。卵巣や精巣では、はじめは通常通りの体細胞分裂を行って細胞増殖が行われ、ある一時期を境に減数分裂が行われます。しかしながら、体細胞分裂から減数分裂に切り替わるメカニズムの詳細は不明であり、減数分裂のコントロールは不妊症治療などの生殖医療とも直結する重要な問題でありながら、世界的にも長年解明されない課題でした。
熊本大学発生医学研究所・染色体制御分野の石黒啓一郎准教授のグループは、生殖細胞が卵子や精子を作り出す過程で減数分裂がどのように起きているのかを調べるために、卵巣と精巣内に含まれるタンパク質の解析を行いました。質量分析法*1を駆使した解析により、減数分裂の“スイッチ”として働くタンパク質を特定し、これを減数分裂開始因子「MEIOSIN」(マイオーシン)と命名しました。この MEIOSINは、卵巣や精巣内で減数分裂が始まる直前の特定の時期にだけ活性化するという極めて珍しい性質を持っていることがわかりました。そこで、ゲノム編集*2によりマウスのMEIOSINの働きをなくすと、オスもメスも減数分裂が起こらなくなるため、卵子や精子がまったく作られず不妊となることが判明しました(図2)。さらにMEIOSINは卵子・精子を形成するための数百種類の遺伝子に一斉にスイッチを入れる司令塔の役割を果たしていることを明らかにしました。
メンデルに始まる遺伝現象の近代科学として1800年代後半には既に減数分裂の基になる様式が予見されていました。受精に先駆けて前もって染色体数を半分にしておくと仮定する減数分裂が、始めて観察されて100年以上の時が経過しています。今では生物学に携わる多くの学生や研究者が認識するもはや古典とも言える生物学の基本現象なのですが、MEIOSINは生物学における長年の謎を解き明かした空前の発見とも言えます。
[展開]
今回の成果はマウスを用いて検証されたものですが、MEIOSINはヒトにも存在することがわかりました。ヒトに見られる不妊症は原因が不明とされる症例が多いことが知られています。MEIOSINは、減数分裂の開始に必須の働きをしており、卵子や精子の形成に関わる重要な遺伝子であることから、今後の不妊治療などの生殖医療の進展につながる可能性があります。
また、ヒトでは加齢卵子で減数分裂の異常が起こりやすく、流産やダウン症などの染色体異常を引き起こす原因となることが知られています。近年の晩婚化傾向や高齢出産などの社会的背景からも、将来的には減数分裂のクオリティを担保する技術開発の応用へと発展することが期待されます。
また、卵子・精子の細胞分裂をコントロールできるようになれば、畜産業や水産業での生産向上や希少種の繁殖の補助にも役に立つことが期待されます。
今回の研究によりMEIOSINが減数分裂のスイッチを入れ、それによって数百種類におよぶ精子・卵子の形成に関わる遺伝子が一斉に働くことがわかりましたが、それらの働きの詳細はまだ十分に解明されていません。今回研究を進める中で、さらに数百種類におよぶ遺伝子が機能未解明のまま眠っていることが判明しました。今後は卵子・精子の形成過程におけるこれらの遺伝子の働きを解明することにより、生殖医療に大いに貢献することが期待されます。
本研究は発生研・多能性幹細胞分野の丹羽仁史教授のグループ、発生研・リエゾンラボ、本学・生命資源研究センターの荒木喜美教授のグループ、京都大学再生医科学研究所の中馬新一郎准教授のグループ、慶應義塾大学医学部の洪実教授グループとの共同で行われました。また文部科学省 科学研究費 新学術領域研究(配偶子産生制御、配偶子インテグリティ、生殖サイクル、非ゲノム情報複製)および国際先端研究拠点とトランスオミックス事業の支援を受けて実施されました。
[用語解説]
*1:質量分析法: 未知のタンパク質の種類を解析する解析手法。株式会社島津製作所の田中耕一氏がこの技術の開発でノーベル化学賞を受賞したことでも知られる。
*2:ゲノム編集:遺伝子のDNA配列を人為的に書き換えることのできる新手法。遺伝子を自在に編集できるため、マウス受精卵にこの操作を行うと、生まれてくる子世代で特定の遺伝子の働きを調べることができる。
図1 : 体細胞分裂から減数分裂に切り替わるメカニズム
図2 : マウスを使ってゲノム編集によりMEIOSINの働きを阻害する実験のイメージ
2020年2月3日、文部科学省にて