Norifumi Shioda, Yoshiki Imai, Yasushi Yabuki, Wataru Sugimoto, Kouya Yamaguchi, Yanyan Wang, Takatoshi Hikida, Toshikuni Sasaoka, Michihiro Mieda, and Kohji Fukunaga. Dopamine D2L Receptor Deficiency Causes Stress Vulnerability through 5-HT1A Receptor Dysfunction in Serotonergic Neurons.
Journal of Neuroscience. in press.
doi: 10.1523/JNEUROSCI.0079-19.2019.
【背景と目的】
統合失調症や注意欠陥多動性障害 (ADHD)、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) などの重篤な精神疾患の発症には遺伝的要因と環境要因の両方が関与しており、遺伝的な解析から、ドパミンD2受容体は有力な原因遺伝子の一つであることが報告されています。ドパミンD2受容体と精神疾患との関連は、ほとんどの抗精神病薬がD2 受容体遮断作用を有することからも明らかです。しかしながら、ドパミンD2受容体異常による精神疾患発症の機構については、不明な点が多く残されています。ドパミンD2受容体には細胞内第3ループの29アミノ酸残基の有無により、D2L受容体とD2S受容体のアイソフォームが存在します。今回、ゲノム神経学分野(塩田 倫史独立准教授)は、29アミノ酸残基を有するD2L受容体の遺伝子欠損マウスを用いてD2L受容体と精神疾患発症との関係に着目し、研究を行いました。
【研究結果】
精神疾患発症の環境要因となる精神的ストレス負荷の影響により、いくつかの行動試験(高架式十字路迷路試験、Open-field 試験、尾懸垂試験、強制水泳試験)において、野生型マウスと比較しD2L受容体欠損マウスでは、不安様行動やうつ様行動の有意な増加が見られました。興味深いことに、抗不安作用を有するセロトニン5-HT1A受容体アゴニスト(作動薬)の投与により、野生型マウスにおけるストレス負荷時の不安様行動やうつ様行動は改善されましたが、D2L受容体欠損マウスでは全く効果がみられませんでした。
次に、ストレス負荷による脳内の遺伝子発現の変化を検討するため、ストレス負荷を与えたマウスの脳幹部位におけるDNAマイクロアレイ解析を行いました。結果として、D2L受容体欠損マウスにおいてセロトニン神経系関連遺伝子群の発現増加が見られました。そこで、ストレス負荷時におけるセロトニン遊離量の変化をin vivoマイクロダイアリシスにより測定したところ、ストレス負荷により、D2L受容体欠損マウスのセロトニン遊離量は野生型マウスと比較し有意に増加することが確認されました。また、セロトニン神経細胞においてD2L受容体と5-HT1A受容体はヘテロマー複合体を形成しており、D2L受容体欠損マウスではセロトニン神経細胞における5-HT1A受容体機能 [G蛋白質活性型内向き整流性カリウム(GIRK)チャネルの活性]が低下することを明らかにしました。
【考察と今後の展望】
本研究の結果より、D2L受容体欠損マウスにおいてストレス脆弱性が見られること、その要因の一つとして、セロトニン5-HT1A 受容体の機能低下によるセロトニン神経の脱抑制が関与することがわかりました。また、D2L受容体と5-HT1A 受容体の複合体形成が確認され、5-HT1A受容体機能発現にはドパミンD2L受容体が必須であることを明らかにしました。今後、D2L受容体と5-HT1A受容体のヘテロマー作用薬が新たな精神疾患治療薬の標的となることが期待されます。
本研究は、東北大学の福永浩司教授らとの共同研究であり、文部科学省科学研究費補助金及び日本医療研究開発機構の支援を受けました。本研究成果は、2019年8月1日発行のJournal of Neuroscience誌に掲載されました。
【図の説明】
通常、精神的ストレスによってセロトニンが脳内で大量合成・放出されるが、遊離したセロトニンはセロトニン神経の自己受容体である5-HT1A受容体に作用し、自身の遊離を抑制的に調節する(左図)。しかしながら、ドパミンD2L受容体が機能異常である場合、ドパミンD2L受容体と5-HT1A受容体の相互作用が機能せず、精神ストレスによるセロトニン合成・放出を抑制することができない。その結果、セロトニンが脳内で過剰放出され、精神ストレス脆弱性が表現型としてみられる(右図)。つまり、ストレス防御機構である5-HT1A自己受容体の活性化にはドパミンD2L受容体とのヘテロマー形成が必須であることがわかった。今後、ドパミンD2L受容体と5-HT1A受容体の相互作用を標的とした新しい抗不安薬・抗うつ薬の開発が期待できる。