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分  野生殖発生分野
掲載日2019年4月16日
タイトル
ショウジョウバエPgcタンパク質は、生殖質を構成するmRNAを分解から保護する

Kazuko Hanyu-Nakamura, Kazuki Matsuda, Stephen M. Cohen and Akira Nakamura

Pgc suppresses the zygotically acting RNA decay pathway to protect germ plasm RNAs in the Drosophila embryo.

Development 146(7), 2019 doi: 10.1242/dev.167056

 生殖細胞は、卵や精子に分化する細胞系列で、受精を通して遺伝情報を次世代へと伝える役割を担っています。このような役割を持つ生殖細胞は、種の維持や進化を支える細胞であるといえます。生殖細胞は、多くの動物種で胚発生の早い時期に作られ、個体の体を作る細胞系列である体細胞とは異なる細胞系譜をたどります。様々な動物の生殖細胞の形成・確立過程では、体細胞へと分化しないこと、つまり体細胞分化を司る遺伝子の発現を積極的に抑えることが重要であると考えられています。

 ショウジョウバエは、生殖細胞の発生過程の解析が進んでいるモデル生物のひとつです。ショウジョウバエの生殖細胞は、胚発生過程で最初に形成される細胞(極細胞)に由来します。極細胞の形成は、卵形成過程で合成されて卵の特定の領域(生殖質)に集積したmRNAとタンパク質の働きによって制御されます。polar granule component (pgc) 遺伝子は、そのmRNAが生殖質に局在する母性因子の一つです。pgc mRNAはわずか71個のアミノ酸からなる小さなタンパク質をコードしており、形成直後の極細胞で一過的に翻訳されます。これまでの研究から、Pgcタンパク質は、RNAポリメラーゼIIによる転写をゲノムワイドに抑えることにより、形成直後の極細胞での体細胞遺伝子の発現抑制に関わることが示されていました。

 今回、生殖発生分野(中村 輝教授)の羽生-中村賀津子研究員らは、生殖細胞の運命決定に対するPgcの生理的役割を明らかにするために、Pgcの機能を失った極細胞の発生過程を詳細に解析しました。その結果、Pgcの機能を失った極細胞では、複数のマイクロRNA (miRNA)遺伝子が異所的に発現し、生殖質を構成するmRNAが不安定化することを示しました。これらの細胞では、極細胞の生存に必須の因子であるNanosタンパク質が減少し、細胞死が誘導されました。さらに、Pgcを欠く極細胞でmiRNA経路の活性を抑制すると、生殖質を構成するmRNAが安定化し、一部の極細胞は細胞死を免れることを示しました。したがってPgcは、生殖細胞におけるmRNAの分解経路を不活化し、生殖質を構成するmRNAを安定に保つことで、生殖細胞の生存を保証していると考えられます。生殖質を構成するmRNAをmiRNAによる分解から保護する機構は、ゼブラフィッシュなど脊椎動物にも存在することから、このような機構が動物種を超えて広く存在することが予想されます。本研究成果は、2019年4月1日発行のDevelopment誌に掲載されました。

 

 

図 ショウジョウバエ生殖細胞の確立過程におけるPgcの機能

ショウジョウバエ生殖細胞の確立過程では、Pgcによる転写抑制とNanosによる翻訳抑制との2つの抑制機構が協調して働いている。Pgcは、生殖細胞において複数のmiRNA遺伝子の転写を抑制することにより、nanos mRNAを始めとする生殖質mRNAを分解から保護している。その結果、生殖質mRNAが安定化され、機能的な生殖質が保持されることにより、生殖細胞発生が保証されると考えられる。