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分  野腎臓発生分野
掲載日2-Oct-2026
タイトル
塩が腎臓の集合管を成熟させる

論文名:Tonicity drives collecting duct maturation in the mammalian kidney

著者: Daisuke Inoue, Koichiro Miike, Shunsuke Tanigawa, Kei-ichiro Yasunaga, Rae Maeda, Tomoko Ohmori, Sayoko Fujimura, Masashi Mukoyama, Tomomi Kamba, Jose Aramburu, Cristina Lopez-Rodriguez, Yuki Sugiura, Yuichiro Izumi, Ryuichi Nishinakamura

 

掲載誌:Nature Communications

doi: 10.1038/s41467-026-77903-4

URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-77903-4

[概要説明]

 腎臓は生体の恒常性を維持する重要な臓器です。これまで多能性幹細胞 (ヒトiPS細胞など) から腎臓オルガノイド (ミニ腎臓) を誘導する方法は、熊本大学発生医学研究所の腎臓発生分野 (西中村隆一教授) をはじめ、複数の研究グループから報告されていました。しかし、その成熟度は妊娠初期あるいは中期にとどまり、病態再現や治療開発、ひいては移植治療を目指すにあたり、未熟性という課題に直面していました。今回、同分野の大学院生井上大輔さんらは、高い塩濃度が腎臓集合管を成熟させることを発見し、新しい腎臓オルガノイドの成熟法を開発しました。シングルセルRNAシークエンス解析を用いて、生体腎臓と比較すると、成熟集合管オルガノイドの遺伝子発現は新生児あるいは成人レベルに達していることがわかりました。最後に、この成熟オルガノイドで水透過性を測定する系を開発し、先天性及び後天性(薬剤性)の腎性尿崩症の病態再現にも成功しました。

本研究は、塩という刺激によって腎臓集合管を成熟させた最初の報告です。これまでのオルガノイドと比較して、大幅に成熟を促進することに成功し、腎性尿崩症という新たな疾患の再現が可能となりました。今後は、この疾患再現モデルによる腎性尿崩症の治療薬開発や、他疾患の病態再現・治療開発へと応用拡大が期待されます。更には、移植可能な次世代腎臓オルガノイドの開発に向け、組織自律的に塩濃度勾配を内部に生み出すことのできる腎臓オルガノイドへの展開が期待されます。

 

本研究成果は、科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に10月2日 午前10時(イギリス時間)【日本時間の10月2日 午後6時】に掲載されました。本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(S)、国際先導研究「腎臓を創る」)、日本医療研究開発機構(AMED)再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム(JP24bm1123044)、熊本大学発生医学研究所(IMEG)「高深度オミクス共同研究拠点」(文部科学省)および文部科学省 共同利用・共同研究システム形成推進事業「学術知共創プログラム CURE」(課題番号 JPMXP1323015486)の支援を受けました。

 

[背景]

腎臓は生体の恒常性を維持する重要な臓器ですが、一度腎不全に至れば、腎臓移植か人工透析による治療が必要です。我が国において腎移植はドナー数が限られている一方、人工透析は患者さんの生活の質を大きく制限し、心臓病や脳血管障害、骨粗鬆症などの様々な合併症を引き起こします。そこで新たな腎不全治療として、腎臓の再生医療に期待が集まっています。

近年、多能性幹細胞から腎臓組織を人工的に作ることが可能になっており、ミニ腎臓あるいは腎臓オルガノイドと呼ばれています。熊本大学発生医学研究所の腎臓発生分野は、多能性幹細胞から腎臓オルガノイドを誘導する方法を世界に先駆けて発表してきました (Cell Stem Cell 2014 & 2017, Nat Commun 2022 & 2025)。しかし、これらの腎臓オルガノイドは妊娠初期あるいは中期の胎児の腎臓に相当し、より広範な病態再現や治療開発、移植治療に向けて、この未熟性は重要な課題となっていました。

生まれたばかりの新生児は尿を十分に濃縮できず、脱水を起こしやすいことが知られています。成長するにつれて、腎臓の中心部分にある髄質に塩分がたまるようになり、尿を濃縮する能力が高まっていきます。この髄質では、塩と尿素が蓄積し高浸透圧環境となっており、これによって集合管における水の再吸収が促進され、適切な尿濃縮の結果、血液などの体液組成が一定に維持されます。しかし、腎臓が成熟する過程で、この高浸透圧環境がどのようにして作られ、集合管の成熟にどう関わっているのかは、これまでわかっていませんでした。

 

 [研究の内容]

そこで本研究では、発生と共に髄質での濃度が高くなっていく「塩」が集合管を成熟させるのではないかという仮説を立て、ヒト集合管オルガノイドを成熟させることを目的としました。

まず胎仔マウス尿管芽を単離し、塩を加えながら集合管へ分化させると、形態や遺伝子発現が成熟することを明らかにしました。また、塩を加えて培養した集合管ではバソプレシン (体内の水分量を調節するホルモン) に反応し、細胞に水を通す「水チャネル」の一種であるアクアポリン2 (AQP2) が管腔側(尿の通り道側)に移動することがわかりました。これは、尿から水分を再び体内に取り込む(水を再吸収する)ために欠かせない生理機能です。

以前、同分野は、ヒトiPS細胞から尿管芽オルガノイドを誘導する手法を報告しました (Cell Stem Cell 2017)。また、他のグループからは、バソプレシンやアルドステロンといったホルモンが集合管オルガノイドを成熟させるという報告も行われています。そこで今回、これらに上記のマウスで得られた「塩が集合管を成熟させる」という知見を組み合わせることで、より成熟したヒト集合管オルガノイドの誘導を目指しました。その結果、作製した集合管オルガノイドでは形態や遺伝子発現が成熟し、バソプレシンへの反応性も向上していました。さらにシングルセルRNAシークエンス解析を行うと、成人腎臓に匹敵するレベルの遺伝子発現を示すことがわかりました。加えて、オルガノイドの水透過性を測定する新たな評価法を開発し、腎性尿崩症の病態再現を行いました。

 

[成果・展開]

本研究は、塩分が腎臓を成熟させるというコンセプトを提示し、成人にも匹敵する成熟した集合管オルガノイドを開発しました。さらにオルガノイドにおける水の透過性という新たな機能評価系を確立し、腎性尿崩症の疾患再現を可能にしました。バソプレシン反応性は多発性腎嚢胞においても重要な経路であり、更なる疾患研究への展開が期待されます。

また、本研究では塩を培地に直接添加していますが、同グループが発表してきた立体的な構造を持つ腎臓オルガノイドにおいて、腎臓が本来持つ仕組みによってオルガノイド自身の中に塩分が自然に蓄積する構造を再現できれば、より生体に近い腎臓オルガノイドへ向けた重要な一歩となります。

 

 

[図の説明]

腎臓の髄質と呼ばれる中心部では、塩と尿素が蓄積し、高浸透圧環境が維持されている(左上図)。本研究では、マウス胎仔から単離した尿管芽あるいはヒトiPS細胞から誘導した尿管芽オルガノイドを、塩を加えて培養することで、成熟した集合管(オルガノイド)を作製した(左下図)。ヒト集合管オルガノイドは形態的に成熟し、重要な水チャネルAQP2の量(タンパク質としての発現量)も増加した(右上図)。先天性腎性尿崩症患者で報告されている遺伝子変異をiPS細胞へ導入し、成熟集合管オルガノイドを誘導した。それを急激な浸透圧変化に暴露した際の体積変化で水透過性を測定した。患者オルガノイドでは水透過性が低下しており、腎性尿崩症患者で尿濃縮能が低下することと合致した (右下図)。

 

[用語解説]

・多能性幹細胞:様々な体細胞に分化し得る万能細胞。

・iPS細胞:皮膚や血液などの体細胞から作られた多能性幹細胞。

・集合管:腎臓の中で水の再吸収を担う部分。

・オルガノイド:試験管内で作られる、ミニチュア臓器。

・シングルセルRNAシークエンス解析:一細胞毎に遺伝子発現量を測定し、細胞の性質を検証することができる。

・腎性尿崩症: 集合管における水の再吸収が阻害されることで、尿の濃縮能が低下する疾患。患者は多尿や電解質異常をきたす。バソプレシン受容体AVPR2や水チャネルAQP2に変異が入る先天性腎性尿崩症と薬剤などによる二次性腎性尿崩症が存在する。

・尿管芽:集合管の元となる前駆細胞。

・多発性腎嚢胞:腎臓に多数の嚢胞(液体がたまった袋状の組織)ができる遺伝性の疾患。