Akira Oike#, Eri H Kobayashi#, Yasuhiro Yamamoto#, Hirotaka Hamada, Sota Takahashi, Takanori Shimizu, Akane Kitamura, Asato Sekiya, Norio Kobayashi, Shun Shibata, Shun Endo, Tetsuya Sato, Naoto Kubota, Chie Kikutake, Mikita Suyama, Takahiro Arima*, Hiroaki Okae*.
タイトル:Development of a robust method to derive human trophoblast stem cells from late-gestation placentas and its application to preeclampsia.
掲載誌:PNAS. 2026; 123(24):e2537884123.
DOI: 10.1073/pnas.2537884123
【ポイント】
・研究グループは2018年に、妊娠「初期」のヒト胎盤から胎盤幹細胞(TS細胞)の樹立を報告しました。
・本研究では、妊娠「後期」のヒト胎盤から効率よくTS細胞を作製する手法を新たに開発しました。
・この手法を用い、妊娠高血圧腎症を発症した患者胎盤からTS細胞を作製し、病態の一部を試験管内で再現することに成功しました。
【概要説明】
熊本大学 発生医学研究所 岡江 寛明(おかえ ひろあき)教授の研究グループは、東北大学大学院医学系研究科 有馬 隆博(ありま たかひろ)客員教授の研究グループ、九州大学 生体防御研究所 須山 幹太(すやま みきた)教授の研究グループと共同で、妊娠後期のヒト胎盤から「ヒト胎盤幹細胞(Trophoblast stem cell: TS細胞)」を高効率に作製する新しい技術を開発しました。さらに、この技術を用いて妊娠高血圧腎症を発症した患者胎盤からTS細胞を樹立し、病態の一部を試験管内で再現することに成功しました。本研究成果は、日本時間2026年6月12日(米国東部時間6月11日)米国科学アカデミー紀要 PNAS に掲載されました。
【説明】
胎盤は、胎児へ酸素や栄養を供給する重要な臓器です。その主要構成細胞である栄養膜細胞は、胎盤の形成や機能に重要な役割を果たしています。栄養膜細胞の異常は、流産、胎児発育不全、早産、妊娠高血圧腎症など多くの妊娠合併症に関与すると考えられています。しかし、適切な研究モデルが不足していたため、これらの疾患が発症する仕組みは十分には理解されていません。
研究グループは2018年に、着床前胚および妊娠初期の胎盤から、ヒトTS細胞を作製する技術を世界に先駆けて報告しました(Cell Stem Cell 2018)。ヒトTS細胞は、高い増殖能に加え、全ての栄養膜細胞へと分化する能力を持つため、ヒト胎盤の発生や分化を研究するための優れたモデルとなります。しかし、妊娠後期の胎盤から効率よくTS細胞を作製することは困難であったため、妊娠合併症研究への応用が大きく制限されていました。本研究では、妊娠後期の胎盤の細胞が、老化の特徴を示すことに着目しました。そこで、細胞老化を抑える因子と、幹細胞性を維持する遺伝子「SALL4」を導入し、さらに細胞増殖を抑制する遺伝子群の働きを一時的に抑えることで、正常な染色体を保ったTS細胞を効率よく作製することに成功しました(図1)。このTS細胞は、妊娠初期の胎盤より作製したTS細胞と同等の増殖能と分化能を保持していました。
この方法を用いて、妊娠高血圧腎症患者10例の胎盤からTS細胞を樹立しました。患者由来TS細胞を解析した結果、栄養膜細胞の浸潤能が低下していることが分かりました。この観察結果は、妊娠高血圧腎症患者において栄養膜細胞が母体血管へと十分に侵入できない、という特徴と一致していました。また、胎盤から分泌される血管形成因子PGF(Placental Growth Factor)の分泌低下も確認され、実際の患者で見られる異常を一部再現することに成功しました。
妊娠高血圧腎症は、妊婦の高血圧や臓器障害を引き起こす重篤な疾患であり、母児双方の生命予後に関わることが知られています。しかし、現在でも、発症機構については不明な点が多く残されており、根本的な治療法は限られています。本研究で開発されたTS細胞の培養技術は、妊娠高血圧腎症をはじめとする妊娠合併症の原因解明や新規治療法の開発に役立つと期待されます(図2)。
【謝辞】
本研究は、高深度オミクス事業、4Dシステム発⽣・再⽣学イニシアティブ事業、日本医療研究開発機構(AMED)、日本学術振興会(JSPS)、共同利用・共同研究システム形成事業、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団、第一三共生命科学研究振興財団などの支援を受けて実施されました。また、胎盤検体の収集にご協力いただきました医療機関および研究参加者の皆様に深く感謝申し上げます。

図1. 妊娠後期胎盤からのヒトTS細胞の樹立
これまで、妊娠後期の胎盤から効率よくTS細胞を作製することは困難でした。本研究では、妊娠後期の栄養膜細胞に、細胞老化を抑える因子と幹細胞性を維持する遺伝子「SALL4」を導入し、さらに細胞増殖を抑制する遺伝子群の働きを一時的に抑えることで、TS細胞を効率よく作製することに成功しました。

図2. ヒトTS細胞の疾患研究への応用可能性
本研究で開発した技術を用いることで、妊娠合併症を発症した患者胎盤から疾患特異的TS細胞を作製することが可能になりました。得られた細胞株は、妊娠合併症の原因解明や新規治療法の開発に役立つと期待されます。