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分  野多能性幹細胞分野
掲載日2010年 8月 17日
タイトル
擬似基底膜を用いたマウス ES細胞の膵臓系譜への分化誘導

Yuichiro Higuchi, Nobuaki Shiraki, Keitaro Yamane, Zeng Qin, Katsumi Mochitate, Kimi Araki, Takafumi Senokuchi, Kazuya Yamagata, Manami Hara, Kazuhiko Kume, and Shoen Kume (2010) Synthesized basement membranes direct the differentiation of mouse embryonic stem cells into pancreatic lineages. J. Cell Sci. 123, 2733-2742.

 多能性幹細胞分野(粂 昭苑教授)ではマウス胚性幹( ES )細胞より膵臓前駆細胞を分化誘導する方法として、マウス胎仔中腎由来の細胞株である M15 細胞を支持細胞として用いる方法を確立し、これを報告していた( Shiraki et al., Stem Cells, 2008 )。この誘導系において、内胚葉細胞が膵臓の前駆細胞へと分化する過程には M15 細胞と ES 細胞との直接な接着が必要であり、細胞間で働く近位のシグナルが膵臓の領域化に重要であると推測した。マイクロアレイ解析の結果、 M15 細胞において基底膜の構成因子の一つであるラミニン α5 ( Lama5 )が高レベルに発現していることを見いだした。さらに、 M15 細胞において Lama5 の発現をノックダウンすると、膵前駆細胞の誘導が抑制されることを確認した。

  Lama5 ノックダウン実験の結果より、膵臓への分化には基底膜が重要な役割を果たしていると推測した。基底膜は上皮 – 間充織間などに存在する薄いシート状の構造であり、隣接する細胞の接着や移動のほか、分化にも影響を与えることが知られている。そこで今回、多能性幹細胞分野の樋口裕一郎(大学院博士課程;現実験動物中央研究所)らは、国立環境研究所の持立克身らのグループが確立した擬似基底膜( synthesized basement membrane, sBM )に着目し、これを用いた新規膵臓分化誘導系の開発を試みた。その結果、 sBM 上において支持細胞無しに ES 細胞は内胚葉から膵前駆細胞へと分化し、さらにインスリン産生細胞にまで分化することを明らかにした(図)。分化誘導した細胞を免疫不全マウスの腎被膜下に移植すると、生体内でさらに成熟化し、膵島様の構造を形成した。

  基底膜からの誘導メカニズムを解析した結果、ラミニンのシグナルがインテグリンを介して伝達され、膵臓分化を誘導していることを見いだした(図)。また、基底膜の構成因子である Hspg2 ( Heparan sulfate proteoglycan 2 )や、その他のヘパラン硫酸プロテオグリカンについても膵臓分化に影響を与えていることを見いだした。これらの結果は不明な点の多い初期の膵臓分化メカニズムについて、基底膜からの誘導という新たなモデルを提唱するものである。本研究は Journal of Cell Science 誌 8 月号に掲載された。

 

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図.基底膜からの分化誘導モデル

基底膜構成因子の一つであるラミニンは、インテグリンを介して膵臓分化を誘導する。 Hspg2 やその他のヘパラン硫酸プロテオグリカンは、直接、あるいはその糖鎖に様々なシグナル分子をトラップすることで間接的に膵臓分化を誘導する。