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分  野分子細胞制御分野
掲載日2018年6月21日
タイトル
バクテリアの機能性アミロイド線維形成にはHsp70シャペロンの多重タスクが必要

Multitasking of Hsp70 chaperone in the biogenesis of bacterial functional amyloids.
Shinya Sugimoto, Ken-ichi Arita-Morioka, Akari Terao, Kunitoshi Yamanaka, Teru Ogura, Yoshimitsu Mizunoe.
Communications Biology, 1, Article number: 52 (2018)
doi.org/10.1038/s42003-018-0056-0

 地球上の微生物の大部分は、“バイオフィルム”と呼ばれる集合体の形で存在するといわれています。バイオフィルムは微生物が固体表面に接着し、微生物自身が産生する細胞外マトリクスに覆われながら形成されます。バイオフィルムの中の微生物は、抗生物質や宿主免疫が効かなくなるため、バイオフィルムの形成は薬剤耐性菌などによって引き起こされる感染症の難治化・慢性化の原因となります。このようなバイオフィルムに対処するためには、まずバイオフィルムの形成メカニズムを十分に理解し、次にそれをもとにして重要な成分を狙い撃ちにするといった対策を立てることが重要です。
 バイオフィルムの形成に極めて重要な細胞外マトリクスは、タンパク質・多糖類・DNAなどから構成されます。なかでもCurliと呼ばれるタンパク質は、病原性大腸菌やサルモネラなどのバクテリアが細胞外に形成するアミロイド線維です。アミロイド線維はβシート構造を多く含む水に溶けにくい線維状のタンパク質凝集体で、アルツハイマー病などの重篤な神経の病気と深く関わっています。そのような病気に関連する細胞毒性のあるアミロイド線維に対比して、Curliのように細胞に必要な何らかの機能を持つアミロイド線維は“機能性アミロイド線維”と呼ばれています。近年の研究により、機能性アミロイド線維であるCurliがどのようにして作られるのかについてはかなり分かってきましたが、Curliが細胞の中に作られない仕組みは謎でした。
 今回、東京慈恵会医科大学の杉本真也准教授らは、当研究所分子細胞制御分野の小椋光教授、山中邦俊准教授らと共同で、分子量70 kDaの分子シャペロンDnaK(Hsp70)がCurliの形成を調節する仕組みを明らかにしました。Curliの構成タンパク質やその輸送に関わるCurli特異的遺伝子(csg、Curli-specific gene)の転写を調べたところ、DnaKが存在しない場合には、これらの遺伝子の転写が大幅に減少していました。これは、DnaKがcsg遺伝子群の転写を促進するRpoS(RNAポリメラーゼを構成するσ因子のひとつ)や転写制御因子CsgDの高次構造形成(フォールディング)を助ける機能を持つためであることが分かりました。さらに、DnaKが水に溶けにくい性質を持つCsgAのシグナル配列(細胞外に輸送されるための目印)を認識して結合することで、細胞質でCsgAが凝集するのを防ぎ、結果として細胞外へ正しく輸送されることも見出しました。以上より、DnaKはCurli形成に必須であり、Curli形成過程の様々なステップを多面的に制御することで、バクテリアが誤って細胞の中でアミロイド線維を作らないように監視していると考えられます(図)。
 今回得られた成果は、バイオフィルムに関連した難治性・慢性感染症の予防や治療に役立つと考えられます。DnaKはバクテリアからヒトまで普遍的に存在するHsp70シャペロンであり、アミロイド線維はアルツハイマー病などの重篤な神経変性疾患と深く関わっていることから、今回得られた成果はそのようなヒトの病気の理解やそれらの予防や治療にも繋がる可能性があります。本研究成果は、2018年5月31日、Communications Biology 誌に掲載されました。
 本研究の一部は、当研究所が推進する「発生医学の共同研究拠点」制度に基づく杉本真也准教授の採択課題共同研究として行われました。

 

図.DnaKによるCurli形成の調節機構
DnaKはCurliの構成因子・輸送体などの遺伝子発現に必須なRpoSとCsgDのフォールディングを助ける。また、DnaKはCsgAやCsgBのシグナル配列を認識して結合することで、それらが細胞質で凝集しないように保護している。これらの作用により、Curliはしかるべきタイミングと場所で作られると考えられる。