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分  野脳発生分野
掲載日23-Mar-2022
タイトル
大脳皮質の領野特異的な組織構築にはたす視床軸索の新たな役割を発見

Haruka Sato, Jun Hatakeyama, Takuji Iwasato, Kimi Araki, Nobuhiko Yamamoto, Kenji Shimamura*

Thalamocortical axons control the cytoarchitecture of neocortical layers by area-specific supply of VGF

eLife

DOI: 10.7554/eLife.67549

ヒトを含めた哺乳類の大脳新皮質は、神経細胞が積み重なった6つの層から成っています。しかし、各層の厚みや構成する細胞の量や種類は、大脳新皮質全体で一様ではなく、領域によって異なっており、これを領野と呼びます。各領野は、運動野や視覚野など担う機能が異なっており、その機能基盤となる層構造の違いがどのように形成されるのかは、神経発生学上の大きな課題の一つであり、世界中で盛んに研究が行われてきました。

 

脳発生分野(嶋村健児教授)の佐藤晴香博士らは、マウスの大脳新皮質の一次体性感覚野(S1)で第4層が分厚く発達していることと、そこに投射する視床からの軸索に注目し、領野特異的な層構造の形成に果たす視床軸索の役割について研究を行いました。その結果、1)領野特異的な層構造(ここでは第4層の発達)は生後1週間で顕在化すること、2)遺伝子改変マウスを用いて、生後に視床軸索を急速に除去すると、S1で第4層が薄くなり、構成する神経細胞数が減少することを明らかにしました。これにより、他の領野との層構造の違いが不明瞭になりました。

 

さらに、この視床軸索の作用の分子実体は、視床軸索から放出される分泌タンパク質VGFであることを突き止めました。興味深いことに、視床軸索からVGFが供給されないと、第4層が低形成になるだけでなく、げっ歯類の一次体性感覚野に特徴的な、バレルと呼ばれるヒゲからの感覚情報を処理するための構造が正しく形成されないことがわかりました。

 

大脳新皮質に投射する視床軸索が領野の特異性をもたらすというアイデアは古くから提唱されていましたが、近年になって視床軸索の働きを実験的に示した報告が相次いでいます。どうやら、大脳皮質に投射する視床軸索は時期によって様々な作用をもっているようで、今回、佐藤博士らは軸索除去の時期を生後にピンポイントしたことにより、視床軸索の役割の新たな一面を見出すことができました。それは、視床軸索が層の厚みや神経細胞数をコントロールし、それが領野特異的な層構造に寄与するというものです。しかも、従来から提唱されていた軸索からの作用因子の分子実体を今回初めて同定しました。本研究成果により、大脳皮質の形成機構の理解が一層深まったといえます。

 

本研究成果は、発生医学研究所の畠山淳助教、遺伝学研究所の岩里琢治教授、生命資源研究・支援センターの荒木喜美教授、大阪大学の山本亘彦教授、発生医学研究所・リエゾンラボ研究推進施設の藤村幸代子技術支援員との共同研究によるものです。本研究はJSPS科学研究費助成事業の支援を受けて実施されました。

 

本研究成果はeLife誌に2022年3月15日に先行掲載されました。

 

 

概略図.大脳新皮質の領野による層構造の違いが、視床軸索から分泌されるVGFにより制御されることを発見.

(左)一次体性感覚野の第4層は厚く発達しているが、その形成には視床軸索に由来するVGFが必要であることを生後マウス脳で示した。(右)視床軸索を除去すると第4層神経細胞数が減少した。