ニュープレス

⇒NewPress一覧へ

分  野生殖発生分野
掲載日26-Apr-2021
タイトル
卵黄の常識が変わる:卵母細胞の機能における卵黄タンパク質の取り込みの重要性を発見

*Tanaka, T., Tani, N. and *Nakamura, A. Receptor-mediated yolk uptake is required for oskar mRNA localization and cortical anchorage of germ plasm components in the Drosophila oocyte. PLOS Biol. 19, e3001183.

https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3001183

熊本大学HP

 熊本大学発生医学研究所生殖発生分野の田中翼助教、中村輝教授、および同研究所リエゾンラボ研究推進施設の谷直紀技術専門職員は、ショウジョウバエを用いた研究によって、卵黄タンパク質の卵母細胞への取り込みは、卵母細胞内の細胞骨格の制御や生殖細胞形成に関わる因子の局在化に必要であることを明らかにしました。これは、卵黄タンパク質の取り込みが受精後の発生に必要な養分の蓄積だけでなく、卵母細胞の機能にも重要であることを示した初めての研究成果です。今後、卵黄タンパク質の取り込みという新しい視点から研究展開を図ることにより卵子の質や機能についての理解がより深まることが期待されます。

 

 本研究は、日本学術振興会、武田科学振興財団、三菱財団、トランスオミクス医学研究拠点ネットワーク形成事業の支援を受けて行われました。本研究成果は、令和3年4月23日14時(米国東部時間)に生命科学誌PLOS Biologyに掲載されました。

 

 私たちヒトやイヌ、ネコといった胎生動物では、受精卵は母体内で胎盤を通した養分の供給により胎児まで成長します。一方、昆虫、魚類、両生類や鳥類といった卵を産む動物(卵生動物)では、成長に必要な養分は卵の中に多量に用意されています。栄養の中心となっているのが卵黄タンパク質とよばれる脂質を多く含んだタンパク質です。卵黄タンパク質は、肝臓で合成され、血中に分泌されます。卵子のもととなる卵母細胞は、分泌された卵黄タンパク質を取り込むことで、受精後の発生に必要な養分を蓄えます。

 

 本研究では、ショウジョウバエを用いた研究によって、卵黄タンパク質の取り込みは卵母細胞の機能にも必須の役割を果たしていることを明らかにしました。ショウジョウバエでは、精子や卵子の起源となる細胞(始原生殖細胞)の形成に必要な因子は卵母細胞の後端に運ばれ、生殖質とよばれる特殊な細胞質領域を形成します。生殖質は、受精後の発生初期に始原生殖細胞に取り込まれるまで、後端部に係留されます。生殖質を構成する因子(生殖質因子)の輸送や係留には、微小管やアクチンといった細胞骨格の制御が重要です。田中助教らは、生殖質形成に必須の因子であるOskarタンパク質と卵黄タンパク質の受容体Yolklessが相互作用することを見いだしました。そこで、Yolklessを欠失した変異体と卵黄タンパク質を欠乏した変異体をそれぞれ作製し、生殖質形成への影響を検討しました。その結果、これらの変異体の卵母細胞では、後端部での微小管の配向性が維持されず、生殖質因子の後端への輸送が阻害されていました。さらに、Oskarタンパク質とアクチンに依存的な生殖質因子の係留も、卵黄タンパク質の取り込みの抑制によって異常になることを見いだしました。

 

 以上の結果は、卵黄タンパク質の受容体を介した取り込みが受精後の発生過程で必要な養分の蓄積だけでなく、卵母細胞内の細胞骨格の制御や生殖質因子の局在化にも必要であることを初めて示したものです。田中助教らは、卵黄タンパク質の取り込みは、細胞骨格の制御因子が機能を発揮するための「足場」となる細胞内小胞の形成に必要であると考えています。

 

 本研究で明らかにした機構は、卵黄タンパク質を卵母細胞内に蓄える他動物種においても保存されている可能性があります。今後、卵黄タンパク質の取り込みという新しい視点から研究展開を図ることで、卵子の質や機能についての理解ばかりでなく、胎盤の発達により卵黄タンパク質をほとんど失ったヒトに至るまでの生殖細胞の形成機構の進化過程や基本原理の理解にもつながると期待されます。

 

詳細は熊本大学ホームページへ